2012年6月9日土曜日

あじさいの季節におもうこと

6月も三分の一が過ぎようとしています。

私にとって6月は特別の時間です。

22年前、大事な人を亡くしました。それからは6月は平常心で過ごすことが難しくなりました。
そんな自分を人に悟られまいと何故か思ってしまいます。普通を装って過ごすようにするのですが、振舞うほどに自分を支えることが辛くなります。近しい人にもこんなことをなかなか話せません。
辛いことは自分だけで背負えばいいと思い、話した時に理解してもらうことは難しいと思い、こんなダメな自分が情けないと思うからです。

こんなことを書いていいのだろうか、実は何度も考えました。
不特定多数の方が目にするブログに本心を書くこと、必要性はないなって思いました。でも、何事もないことを装い、ブログを書いているのもきついのです。
皆さんには楽しい事だけをお伝えしたいと思って初めたブログだからです。

時薬がいつか癒してくれる。そんな思いで生きてきましたが、いまだにその日の事が頭の中を占領します。穏やかな気持ちで楽しかった日々だけを思い出せたらと思うのですが、その夜の事で頭がいっぱいになります。彼との思い出のイントロはいつもあの夜のことから。。。そして悲しくて、苦しくてぐったりしてしまいます。

トラウマってこういうことなのでしょうか?

事件・事故・自然災害など突然死で亡くなる方がいる度に、残された家族の方の切なさ苦しさをおもいます。

彼をよく知る人達にも衝撃が強かったのでしょう。彼の話は封印されてしまいました。
実は私は沢山彼との楽しい時間の話をしたかったのですが。。。。そうしないと苦しいイントロだけが
頭の中でぐるぐる周り出口が見えなくなってしまうから

悲しい時にはちゃんと泣くことが必要なのだそうですが、私は泣くことが出来ませんでした。
自分の辛さを人にも与えてはいけないと無意識に思っていたのです。
私を知らない人の前では逆に思いっきり泣けました。

美容院に行って最初から最後まで何も話さずにただ涙が止まらないこともありました。

あの頃は自律神経がおかしくなって、弔問に来て下さった方にお茶を出す手が震えました。
悟られないように必死にごまかしていましたが、気が付いて絶句なさった方がいました。
そんな時になんで素直にダメなのよって言えなかったのか、自分でも判りません。
寝ながらも歯をくいしばっていたらしく、顎関節症になりました。マウスピースをはめて寝ていました。あらゆる新興宗教の人がやってきました。

色んな悩みや悲しさを背負って生きている方は沢山いると思います。
そしてそんな方がたも悲しい顔だけで生きている訳ではないでしょう。
心は開かないと他人には通じないものです。まして体験したことがないことを理解することは難しいことですよね。でも、上手に心を開くって簡単なことではないように思います。


同じような体験をしても思いは様々だと考えます。封印してしまう方もいるでしょう。ポジティブに生きられる方もいるでしょう。
こんな体験をしたから、上手に寄り添える人になりたいと思います。難しいことだとおもいますが。。。

そしてこんなことはブログに書くべきではないと思う方もいるでしょう。

私は同情ではなく、ただ少しだけ理解してもらえたらと、甘えた気持ちになってしまったのかも。
カミングアウトしてしまいました。実は今も投稿することに不安がいっぱいですが。

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