2012年6月9日土曜日

あじさいの季節におもうこと

6月も三分の一が過ぎようとしています。

私にとって6月は特別の時間です。

22年前、大事な人を亡くしました。それからは6月は平常心で過ごすことが難しくなりました。
そんな自分を人に悟られまいと何故か思ってしまいます。普通を装って過ごすようにするのですが、振舞うほどに自分を支えることが辛くなります。近しい人にもこんなことをなかなか話せません。
辛いことは自分だけで背負えばいいと思い、話した時に理解してもらうことは難しいと思い、こんなダメな自分が情けないと思うからです。

こんなことを書いていいのだろうか、実は何度も考えました。
不特定多数の方が目にするブログに本心を書くこと、必要性はないなって思いました。でも、何事もないことを装い、ブログを書いているのもきついのです。
皆さんには楽しい事だけをお伝えしたいと思って初めたブログだからです。

時薬がいつか癒してくれる。そんな思いで生きてきましたが、いまだにその日の事が頭の中を占領します。穏やかな気持ちで楽しかった日々だけを思い出せたらと思うのですが、その夜の事で頭がいっぱいになります。彼との思い出のイントロはいつもあの夜のことから。。。そして悲しくて、苦しくてぐったりしてしまいます。

トラウマってこういうことなのでしょうか?

事件・事故・自然災害など突然死で亡くなる方がいる度に、残された家族の方の切なさ苦しさをおもいます。

彼をよく知る人達にも衝撃が強かったのでしょう。彼の話は封印されてしまいました。
実は私は沢山彼との楽しい時間の話をしたかったのですが。。。。そうしないと苦しいイントロだけが
頭の中でぐるぐる周り出口が見えなくなってしまうから

悲しい時にはちゃんと泣くことが必要なのだそうですが、私は泣くことが出来ませんでした。
自分の辛さを人にも与えてはいけないと無意識に思っていたのです。
私を知らない人の前では逆に思いっきり泣けました。

美容院に行って最初から最後まで何も話さずにただ涙が止まらないこともありました。

あの頃は自律神経がおかしくなって、弔問に来て下さった方にお茶を出す手が震えました。
悟られないように必死にごまかしていましたが、気が付いて絶句なさった方がいました。
そんな時になんで素直にダメなのよって言えなかったのか、自分でも判りません。
寝ながらも歯をくいしばっていたらしく、顎関節症になりました。マウスピースをはめて寝ていました。あらゆる新興宗教の人がやってきました。

色んな悩みや悲しさを背負って生きている方は沢山いると思います。
そしてそんな方がたも悲しい顔だけで生きている訳ではないでしょう。
心は開かないと他人には通じないものです。まして体験したことがないことを理解することは難しいことですよね。でも、上手に心を開くって簡単なことではないように思います。


同じような体験をしても思いは様々だと考えます。封印してしまう方もいるでしょう。ポジティブに生きられる方もいるでしょう。
こんな体験をしたから、上手に寄り添える人になりたいと思います。難しいことだとおもいますが。。。

そしてこんなことはブログに書くべきではないと思う方もいるでしょう。

私は同情ではなく、ただ少しだけ理解してもらえたらと、甘えた気持ちになってしまったのかも。
カミングアウトしてしまいました。実は今も投稿することに不安がいっぱいですが。

2012年6月5日火曜日

旅話 ドイツポーセリンツアー

1996年、ドイツミュンヘンに住む、ウレ シュミット イバッハさんとその友人小島さんが企画して下さったドイツ陶磁街道の旅に参加しました。

ウレさんとはオーストラリアで開催されたチャイナペイントの大会などで、お会いしたことがあり、ドイツを中心に世界的に活躍しているチャイナペインターです。

http://www.schmidt-ibach.de/index.html

この旅はさすがに住んでいる方が企画して下さったものだけあって、泊まる場所も素敵なペンションだったり、地元の美味しいレストランに行ったり、旅行社にはない企画満載の楽しい旅でした。

ミュンヘンに着いた日にまず彼女のスタジオに行きました。
彼女の生徒さんも来てくれて、歓迎レセプションをして頂きました。
ホテルはHOTEL Hoyacker  Hof  小さいけれど可愛らしい綺麗なホテルで、朝食もバイキングスタイルでとても美味しかったです

翌日2日目はミュンヘン観光
ミュンヘンはビールで有名。9月の終わりから2週間ビール祭りがあるそうです。
バイスブルストという白いソーセージが美味しいです。

ティアティナケルヘというバロック教会の近くにNympnondurgという陶磁器店があります。
ミュンヘンナショナルミュージアムには陶磁器が沢山展示されています。

ドレスデンのオペラハウスも建てたゼンパーが建てたレントゲンの家、玉ねぎ頭の形をした塔のある
ブライエン教会(近くに毎日市場が開かれます)へ

白いアスパラの季節、5月中旬にしか食べられません。

Alois Dallmayr という食料品店にも行ってみました。

昼食はブルーメンストラーベ市場の近くのメアポール(ビアホール)Hofbrauhausに行きました。ここは1896年に出来たとっても大きなお店で4500席もあります。

午後はNymphenburg  Porcelain Museum とManufacturerに行きました。
こちらの磁器は繊細で柄もとても細かく美しいものばかり。高価な品で、B品でも5万円以上でした。工房は今は見学できなくなっていました。
http://www.nymphenburg.com/en/nymphenburg/

夕食はKonig Ludwigというホテルの近くのレストランに行きました。ギターやアコーディオンなどの生演奏を聞きながら、ババリア地方料理を堪能しました。

3日目は6時に起床し、バスでSelbに  アウトバーンを走ります。

左右にはホップ畑が続きます。 

バイデンはガラス製品の製造所が多くあります。

まずはボヘミアングラスのお店に行きました。

すぐ隣にローゼンタールの工場があります。1936年にこの工場はワンターグルピアスにより建造され、1967年より開業されました。 
http://www.mitsukoshi.co.jp/corp/group/leodor/rosenthal/
工場内を見学しました。ランチも社員食堂で頂きました。
日本のカツのようなものと、マッシュポテト、スープと美味しかったです。

その後
ウレの友人で昔のローゼンタールの工場を使用して、磁器工房を開いているManufacturer Flugel
を見学。 夕食はこの工房でバイキングスタイルの夕食をみんなでしました。
なかなか出来ない体験をして、ホテルへ

今夜のホテルは Hof Central  Hotel お部屋は広いですが、シャワーのみの普通のホテルでした。

4日目マイセン工場見学
東ドイツ時代に訪れていましたが、ショップも広くなり綺麗になっていて、なにより人の多さにびっくり
です。

Factory Arite訪問。Ariteは有田を意識してつけたとか
モダンデザインの白磁を製作していました。ランチにカナッペ風サンドイッチを頂きました。

Moritzburg城を見学
今晩はホテルで夕食。旬のホワイトアスパラを堪能

この頃はドレスデンの街は古都として大人気となり、ホテルも1年前に予約しないと取れないほど。。。
日程が変更になり、予約したホテルをキャンセルした為にドレスデンにホテルがとれず、アウトバーンをバスで飛ばし1時間半走ったホテルまで戻らなければなりませんでした。
ChemnitzのHotel Abendroth泊

5日目 1時間半かけて、ドレスデンへ
Sachs Porzellanm Manuf 磁器ドレスデンの工場見学
ここには大きなショップもあります。

http://dresdner-porzellan.com/

ランチもここで頂きました。
午後はツビンガー宮殿など見学でしたが、私は前に行っているので、一人で街歩き
ビルだらけになり、ツビンガー宮殿もビルに埋もれていました。
遠くからもすぐに判った東ドイツ時代とは大違いです。

ホテルで夕食。今回同行した20名の皆さんと初めて自己紹介

6日目Reichenbach Manufacturer に行きました。150年前からある工場で、日本にも輸出しているとか。コバルトの食器が有名とか。
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://www.porzellanmanufaktur.net/en/manufacture_124.htm&ei=SMnNT-X0BeaimQWZ-e2cCg&sa=X&oi=translate&ct=result&resnum=2&ved=0CF0Q7gEwAQ&prev=/search%3Fq%3DReichenbach%25E3%2580%2580Manufacturer%26hl%3Dja%26rlz%3D1T4SNJB_ja___JP463%26prmd%3Dimvns
工場のお庭でランチを頂きます。

Weimar Porcelain Manufacturerに行きました。こちらも205年まえに創立された大きな工場です。
天皇陛下も訪れたことがあるとか。

夕食はヘレムス村にあるちょっと変わったレストランTraditional Thuringian Dinner Ziegenmuhle
に行きました。日本人が来たのは初めてとか。国立公園の森の中にあり、山羊やウサギ小屋があり、10歳の子がアコーディオンを弾いてくれました。庭でサンタクロースのような髭のお爺さんが肉を焼いています。遠火の炭焼き風の牛肉の塊はジューシーで美味しかったです。雰囲気はレストランというより、田舎の家庭訪問のような感じ。庭では子供たちが遊んでいます。でも、お店はちゃんとしたレストランでした。

イエナのHoliday Inn泊

7日目Museum  Hohenberg に行きました。
ここはチェコスロバキアとの国境に近い街。フッチェンロイターが作った美術館です。
http://www.radiomuseum.org/museum/d/porzellanikon-hohenberg-hohenberg-a.-d.-eger/.html

今日のランチはアウトバーンのパーキングエリアのベンチでピクニックスタイル

PassauのWilder Mann泊
このホテルにはガラスの美術館があり、30000点の展示品がありました。
Kollektion von Glaser
このホテルはいかにもドイツらしい木組みの建造物で、オーストリアの王女シシイが泊まったことがあるホテルだそうです。
http://www.tripadvisor.jp/Attractions-g187311-Activities-Passau_Bayerischer_Wald_Eastern_Bavaria_Bavaria.html

夕食はJodlerwirtというヨーデルで有名な歌手がオーナーというレストランで、飲めや唄え、ダンスまでして大盛り上がり。日本人は私たちが初めてということでゲストブックにサインをしてきました。
ゴルバチョフも来たことがあるとか
Passuは小さな街ですが大きな川にはさまれた綺麗な街でした。

8日目今日はオーストリアに向かいます。
1100年に建てられた修道院Schlierbachを見学。ここにはチーズ工場があり、レストランでチーズだけのランチ。

Salzkammergutの有名なホテル、Hotel Weiβes Rosselに泊まりました。

街の中を見学。シルクの民族衣装が素敵です。
今夜はこのホテルでガラ・パーティーです。カルテットの室内楽の演奏を聞きながらのディナー
民族衣装はみな自分で作るそうで、帽子だけでも400~500時間かかるとか。刺繍の美しい衣装です。ここにはモーツアルトが生まれた家があります。

9日目Stroblのウレの別荘にいきました。上の写真の反対側の湖畔の高台です。Sound of Musicそのままの景色。お庭には雑草のように
カスミソウが咲いています。ウレさんのご主人が育った家だそうで、週末はここで過ごすとか。
羨まし!!今日はここでウレさんのレッスンを受けました。こんな景色を見ていたら、インスピレーション湧きますよね。

ランチはウレの手作りのニョッキのパスタとサラダをごちそうになりました。
午後からSalzburgに行き、Mirabell城やモーツアルトの家など観光
夕食はAyingというレストランでbavarian dinner
ミュンヘンに戻ります。

10日目Porcelain  Museum Lustheim Schleissheim城内にあります。
http://www.schloesser-schleissheim.de/englisch/lustheim/porcel.htm

マイセンよりマイセンの古いものが収集されているという美術館です。
奥の建物の裏にあるレストランでランチ。ウレの生徒さん達も来てくれて、作品のプレゼントを頂きました。

充実の10日間を過ごし空港へ

ウレさんのご主人もずっと同行して下さって、個人やツアーでは体験できない工場でのランチや
美味しいレストラン。絵付けの勉強三昧の良い旅でした。

絵付けをなさっている方にはお馴染みの工房名ですが、ご存じない方もドイツの陶磁器を知って頂けたら嬉しいです。
ドイツは東インド会社を通じ、中国や日本の磁器を収集し、当時は壺1個と一個連隊の兵が交換出来たとまで言われています。
やがて、あこがれの磁器を生産することに成功し、今も変わらずに美しい磁器を作っている国なのです。

ドイツの磁器工場のリストを見つけましたので、参考までに掲載致します。
http://en.wikipedia.org/wiki/Porcelain_manufacturing_companies_in_Europe

パンのかび

美味しそうなパン屋さんの前を通りかかったので、お腹が空いていたせいか欲張って色々買ってしまいました。
しかし、1日1個ずつ食べてる内に、さあ食パンを!と思ったら、カビがはえていました。

悔しいのでなんとか食べれないかとネットで検索

やっぱりダメでした。

この季節、面倒でも食べる分だけを細目に買うしかないですね。

前は買ったら冷凍保存していたのですが、やっぱり味が落ちるような気がして、今回はしていなかったのです。
美味しく食べられる保存法ご存じの方いらしたら、教えて下さいね。

2012年6月2日土曜日

作品写真追加

ホームページの絵付けのページに、作品の写真を追加致しました。

ご覧頂けたら、嬉しいです。

NHKで「恋する雑貨」という番組があります。世界中を訪れて雑貨を探す番組で、今までにタジン鍋や、ベトナムの梱包紐で作るバックなど、製作場所を訪れたりしながら紹介しています。

台湾の茶器を紹介しているのを見て、そう言えばガラスで製作したのを思い出し、掲載致しました。
ガラスの作品は写真がうまく撮れなくてちょっと判りにくいですね。

中国茶にも茶道のようなお点前がありますが、
その番組ではお茶の葉の性質に合わせた急須を使い分けると、更にお茶を美味しく味わえると紹介していました。例えば東方美人茶には磁器の物、烏龍茶には陶器の物、鉄観音茶には炻器の物が合うそうです。

残念な青年

I am not young enough to know everything.
詩人オスカーワイルドの言葉です。

直訳すると「私は全ての事を判っているほど、若くはない」

「怖いもの知らず」と同じような言葉ですね。若いうちは何でも分かったつもりでいがちだが、年を重ね体験を重ねると何も判っていないということが、判ってくる。そんな言葉です。

先日いわゆるベンチャー企業と言われる類の会社に用事がありました。電話で訪問する時間の打ち合わせをした上で、伺いました。

会社は受付に2人の女性がいて、それなりに会社の形をしていました。
出てきた青年は名刺を渡し、用件であるものが準備出来てなく、後日出直してほしいと言いました。
私の携帯の番号も彼に伝えてあり、間に合わないのであれば、充分に連絡する時間はあったのに
再度出直さなければならなくなりました。

まだ、30代と思われる青白い顔をした青年は、お詫びにこちらに多少のメリットを提示し、自分から出向いてもいいとも言いました。

このやりとりをしながら、不思議な感覚を味わいました。詫びるという行為を彼はなんらかの形でしているし、言葉遣いも決して失礼な言い方ではないのだけれど、感情が全く伝わってこないのです。
名刺をみると、代表取締役と書いてありました。
この若さでこれだけの企業を起こしているということは、それなりの人物なんでしょうが、
ふと、オスカーワイルドのこの言葉が浮かびました。

会社でなくても、日常の生活のなかでさえ「ごめん!間に合わない。何分遅れます」って、連絡しませんか?
多分才能ある若者なのでしょうが、老婆心ながら、こういう些細なことが企業イメージに繋がるのに
、もったいないな~なんて思っちゃいました。

2012年5月31日木曜日

おひさま、園舎、上棟式

明日から6月。梅雨の季節に入りますね。気候が不順で竜巻があったり、落雷があったりと困ったことが多く、梅雨に大雨にならないことを願うばかりです。

気仙沼のキッズハウスおひさまの園舎建設は順調に進んでいるようです。
先日上棟式が行われたそうで、餅まきをしたとのこと
都会ではもう見られなくなりましたが、気仙沼ではまだこういう儀式が残っているのですね。
園舎の完成、子供たちも楽しみにしているでしょうね!

気仙沼のおひさまサポーターの友人が地元の新聞に載った記事を送ってくれました。
餅まきの模様が掲載されています。残念なことに記事に誤りがあるようで、おひさまの代表里美さんのお名前も間違っています。
著作権があるので、そのまま掲載するのは???と思い、新聞社のサイトでご覧頂こうと思いましたが、残念ながらこの記事は出ていなかったので、新聞社さんお許しを~

おひさまにおやつを届けて下さった青学OB の皆さん、義援金を送って下さったJPPAの会員の皆さん、
現地を訪問し義援金頂いた「オリーブの木」の皆さん
ありがとうございました♡

2012年5月29日火曜日

お薦めダイエット

運動不足ときつくなった服が着れるようになるために、いろいろお試し中です。

皆さんは何か運動していますか?

ラジオ体操第一、覚えていますか?

今、ちょっとしたブームになっているそうで、指先までしっかり伸ばして真剣にやると
ダイエット効果もあるそうです。だらだらやってはいけません。

ユーチューブにありますので、思い出しながらやってみては如何かしら?

http://www.youtube.com/watch?v=Bv-wrHhr5es

高校生の頃、担任が体育の先生でしたが、「年をとると、こんな体操も大変と感じるようになるのよ」って言われていましたが、本当にしっかりやると息がきれますよ。

ダイエットにはこんな方法も
ある会社で社員に指導したら、90%以上の社員が体重減量したそうです。

食べる時に10~20回くらいしっかりと噛むこと、ただこれだけで良いそうです。
早食いはダメですよ~
噛むと脳を刺激して満腹感になるのと、痩せ物質が出るんだそうです。

薄着になるこれから、しまった身体作りしませんか

2012年5月27日日曜日

「物差し」っていろいろですね。

人は自分が体験して来た事を基準に物事を考えるのではないかしら。
自分が歩んで来た人生を「普通」という位置に設定して、そこから色んな物事や人を見ているのでは。。。そんなことを最近ぼんやりと考えています。

「かわいい子には旅をさせろ」という言葉は、沢山の体験をさせて学ぶ場を多く持つことの大切さを
言い表した教え。

例えば、一番身近な家族でも皆が同じ体験をして来たとは言えないのではないかしら。共通項は多いとしても、違う学校に行って違う人と出会い、そんなことでも考え方は違ってくるだろうし、仮に同じ学校でも皆が同じ考えをしている訳ではないので、人は個々に違う物差し持って生きていると考えた方が、判りやすいのではないでしょうか?
「そんな事当たり前じゃない」って思う方多いと思いますが、その物差しが理解できないと、相手を理解することが難しくなりますね。

新聞にこんな事が書いてありました。人は自分の一番気になっていることを人に問うと。
例えば、会話の中に「それはいくらなの」と金額を気にする人。「誰がどうした」というような人間関係を気にする人。
そんな人の癖は見えても自分の癖は見えにくいと。。。

そこにも物差しの違いが顕著に出るのですね。
仕事上では誰が、いつ、何処で、何を、何故、いくらで、どのようにと万遍なく行き届くことが大切と書かれていましたが。仕事でなくても会話をする時に、自分が興味があることだけを話題にするのではなく、こんなことを頭に入れて会話をすると、相手を理解しやすいかもなんて思いました。

私は15歳から親元を離れ、学校の寮生活を2年間体験しました。地方に住んでいると大学や就職先がなくて、高校を卒業後親元を離れるのはごく普通にあることですが、当時は中学卒業して離れるのは非常に珍しいことで、地元の新聞に載ったほどでした。

大都市に住む人にはこれだって「普通」の基準が違ってきますよね。

私がいた寮は都心から離れていたので、東京を含む関東圏の方も寮に入る人はいましたが。
テレビがやっと普及し始めた時代ですから、東京のことなど殆ど判らずに環境が変わりました。
祖父母が神奈川にいて、小学生の頃夏休みはそこで過ごすことが多かったので、不思議と知らない所で生活する不安はありませんでした。

何の予備知識もなく入ったので、驚きの連続でした。
父が家族全員を乗せて国道4号線を車で岩手から寮まで送ってくれました。女子寮なので、家族であっても男性は部屋には入れません。

寮には学生の他に寮監と呼ばれる独身の女性教諭が一緒に生活します。その他に寮母さんと呼ばれるおばさんが住み込んでいます。1つの寮に約40名の生徒が住んでいました。

個室はなく最初の部屋は4人部屋でした。3年生が一人、新入生が3人でした。
机と本棚の家具付き。一人に付半間の押入れの上段にお布団を入れ、下段に衣類を。部屋の広さは12畳くらいだったかしら。4人がお布団を敷くと足の踏み場がない広さでした。
暖房は火鉢一つ。洗面、洗濯も水。お湯はなしです。洗濯機は1台ありましたが、ほとんど洗濯板を使って手洗いです。お風呂は3軒の寮に1つだけ。入る時間が寮ごとに決められて、その時間以外には入れません。

起床は6時。布団をたたみ身支度を整え、洗面を行い、部屋の掃除をします。それから共有の場所の掃除(トイレ・廊下・ホール・食堂・玄関など)・朝食作り、お昼のお弁当作り、食後の食器洗い等‥全てが当番制になっていて、毎日必ず何かの当番をします。夕食も同じです。夕食当番の時は部活のある人は誰かに代ってもらったり、部活を休まなければなりません。

新入生にとって調理は一番大変でしたが、上級生や寮母さんが教えてくれます。最初の寮母さんがすごく厳しい方で上級生がよく泣いていました。途中でこの方が家族と住むことになり、新人の寮母さんになり、調理にはノータッチになったのは、私にはラッキーでした。

その他に「お主婦様」という呼称の当番がありました。この役を行う時は部屋も玄関わきの部屋に変わります。仕事は一定期間の献立をたて、材料は寮母さんに注文してもらいます。来客の対応や、電話番、郵便物の仕分け、起床、消灯、自習時間を鐘を鳴らして知らせる役目などをします。

授業が終わり夕食までは自由時間となり、部活など出来ますが、学校の敷地から出ることは出来ません。特別な理由のある時は許可がいります。入浴もこの時間にします。夕食後は7時から自習時間となり、トイレ以外各自の勉強机に向かっていなければなりません。室内でも会話は厳禁。イヤホーンでラジオを聴くことだけは許されていました。9時に自習時間は終わり、10時には消灯、就寝です。
試験時だけは共有スペースのホールで10時以降も勉強することが許されます。

週末は関東圏に家がある人は帰宅出来ますが、遠くの人は帰宅は許されません。帰れるのは長期休暇の時だけです。親が予め申告してある親戚の家には行けますが、来たことを示す証明書をもらってこなければなりません。

寮生同士は「様」付で呼び合わなければなりません。なので、学校や電車の中でも「〇〇様」と呼んでしまい不思議な顔をされることもありました。

こんな経験も同じ寮生は普通にやっていたことなので、すぐに慣れて当たり前の事として生活していました。
休暇で帰宅した時はその反動で何もやらなかったので、親もこんな生活をしているとは把握していませんでした。

今考えると貴重な体験だったと思いますが、それ程変わった体験だとは思っていませんでした。
しかし、こんな生活を経験している方は少ないかも。。。。

「物差し」違いますよね。

友人のブログを見たら、「いい女とは」という彼女の考えの中に、仕事が出来て、お酒が強いことっていうのが入っていました。私とは物差しが違うみたい。。。。。

2012年5月25日金曜日

写真家 三井昌志氏

写真を撮ることが好きです。絵付けのために花などを撮ったり、作品の写真も撮ります。

その為に写真教室にも何度か通いました。
始めたのがまだアナログカメラの時代でしたから、アナログの一眼レフを持って旅にも行きました。カメラは重いしフィルムも20本位持ってでしたので、大変でした。

写真教室もフィルム写真のでしたので、その良さを学んできたのでデジタルカメラの時代になっても
ここぞという写真は両方のカメラを使っていました。
ところが、コダック社が倒産したようにフィルムを扱う店も少なくなり、めんどうになってきました。

そんな時に写真家 三井昌志氏に出会いました。
彼はデジタルしか使わずに素晴らしい写真を撮り続けています。

写真家になった経緯もユニークで
神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職しエンジニアとして2年間働いた後退社。
2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出て、以降、写真家としてアジアを中心に旅を続け、アジアの人々の飾らない日常を撮り続けていますが、ユーラシアの旅も初海外旅行・写真家になるとはこの時には考えていなかったそうです。

そこに生きている人を生き生きと実にみごとに捉えています。
彼の写真の撮り方を見ていると、最初は何気ない会話を交わし、相手が心を開いてきたところでおもむろにカメラをむけます。
この人と思った人に対して、周りにいる人などお構いなしに迫っていきます。

最初にこの様子を見た時、特に子供を撮っている時には、周りの子も撮って欲しそうな顔をしているのに、可哀そう、なんて意地悪なひとなんだろうって思っちゃいましたが、これがプロ根性なんですって。。

撮りたいものには迫っていけという教えに、ふと自分の撮り方が見えてきました。特に人物を撮る時テレもあって迫れないのです。なんとなくいいのかな~と恐る恐るカメラを向けていました。
確かにコミュニケーションなしに突然知らない人にカメラを向けるのは、失礼なことではないかと思いますが、1歩2歩と近づくと写真が違ってきます。
この1歩が実は私には凄く難しい課題ですが、彼の写真を見るとこんな写真が撮れたらいいな~と憧れます。

昨年12月から小型バイクでインド1周の旅をして、最近帰国されました。
撮影秘話を含めた報告会を東京・大阪・仙台でなさいます。
東京は明日なのですが、まだ若干空きがあるようです。
http://blife.exblog.jp/17873153/
ご興味のある方はご覧くださいね。

そして、是非一度彼の写真ご覧ください。
http://www.tabisora.com/

今週の話題 金環日食&スカイツリー

今週は金環日食やスカイツリー開業と各地で盛り上がりみられたようですが、皆さんはご覧になりましたか?

我が家のリビングから太陽が見え、薄い雲がかかっても輪がはっきり見えましたよ。
しかし、素朴な疑問。。。今回はしっかり日食メガネを使って見ましたが、普段眩しいと思いながらも
太陽見ることあるので、これって大丈夫だったのかしら?

例えばご来光とかはどうなんでしょうね?

一説によると月に隠れてわずかに出ている太陽の光線は普段より強力だからとか聞きましたが、最早手遅れかもですが普段でも直視には気をつけようと思いました。

スカイツリーは7月までほぼ入場券完売とか。
高い所大好きな私ですが、何故かスカイツリーには興味が湧かなかったのですが、先日たまたま夜にスカイツリーのそばを車で通りかかったら、イルミネーションがとてもきれいでした。
節電の夏を迎えるので、この先ずっと続くのか判りませんが、夜のスカイツリーお勧めです!

テレビの映像が良くなったように思えるのは、気のせいかしら。。。電波塔のおかげかな???

2012年5月19日土曜日

明るい笑顔が嬉しいです

以前からお話している気仙沼のKIDS HOUSE おひさまのホームページが完成しました。
今は倉庫を園舎としていますが、そんな中でも笑顔いっぱいの子供たちです。
http://kids-ohisama.com/


こちらも前にもお話しした復幸マルシェのサイトです
http://www.shishiori-marche.jp/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A7%E6%97%A5%E8%A8%98-%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/

そしてこんなサイトも見つけました。ボランティア情報
http://caritasjapan.jugem.jp/?eid=2

記憶。。藤の花を見物

昔のことは意外に覚えているのに、最近のことは直ぐに忘れてしまう、危ない私です! 友人と話していると、同じ時を過ごしたのに、自分が忘れていることを友人は憶えていたり、 その逆だったり、皆さんはそんなことありませんか? 自分に都合の良いことだけ憶えている人もいますよね。羨ましい!!! 忘れたい記憶は忘れられず、憶えていたい記憶は忘れてしまう。困ったことです。

 という訳で忘れないうちに、、、 足利フラワーパークに藤の花を見に行きました。
http://www.ashikaga.co.jp/index2.html

  前から行ってみたいと思っていましたが、気がつくと時期を逸していました。 ゴールデンウィークも終わったせいか、パークの敷地が広いのか、思っていた程の混雑でもなく 晴天に恵まれ、気持ちの良い一日を過ごしました。


  今年の藤は育ちも良くて、長さもあり、紫、白、黄色と三色の藤が揃い踏みで見事でした。






藤の花のトンネルのようです。青空が花の色を一層綺麗にしてくれています。

八重の藤の花もありました。黄藤や八重は初めて見ました。八重の花は長くはないですが、色が濃くコロンコロンしていて、簪のような長い気品を感じるものと違って、愛くるしいです。


  藤の木は樹齢140年以上というものから、最近のもの迄数えきれないほど沢山あり、 他にもツツジやクレマチス、牡丹、芍薬等‥想像以上の花々 これからは薔薇も楽しめます。



 こちらの目の前には栗田陶磁美術館があります。古伊万里などの日本の陶磁器を見ることが出来ます。 以前行きましたが、こちらも敷地が広く、展示品も多く見応えがあります。
富田駅からは徒歩10分程でした。駅からはお店もなく、個人の家の軒先に臨時のお土産販売所が ある程度でしたがフラワーパーク内には御食事出来る所やお土産のお店など、揃っています。 東京からは近いので晴れた日に日帰りで出かけるのに、丁度良い距離かもしれません。

2012年5月11日金曜日

ジェルネイル

体内時計が狂ってしまい、夜が明けてから寝るありさま。。。今日も4時間しか寝ていません。
陽を浴びなくては!

ぼんやりした頭でテレビをみていたら、ジェルネイルのことやっていました。
私も1年くらい前からやっています。最初は必要ないかなって思ったりしましたが、マニュキアは
仕事で使う液体ですぐとれてしまうのと、爪が折れなくなったので、なんとなく続いています。

男の方には???でしょうね。

爪にジェルをマニュキアのように塗り固めるものです。塗って赤外線を浴びせるとすぐに固まります。
長くやっているので、ちょっと心配なこともありました。先日生徒さんとも話したばかりでした。

情報によると、剥がれてきたのを放っておくと隙間から雑菌が入って危険だそうです。
剥がす時やすりをかけるのですが、かけすぎも爪を痛めるそうです。
爪は3週間周期くらいで再生していくそうですが、時々はジェルを休めた方が良いようです。

それから、剥がす時に使う液が強いものなので、液に指を漬け込むようなお店はダメだとか

私が行っているお店は全て大丈夫でホッとしました。

最近は主婦の方もやっている方が多くなって、平日の昼間は主婦のお客さんで混んでいます。
前のを剥がすのに1時間半くらいかかります。今は自分でも出来るセットが売っていますが、お店の人が剥がす工程を見ていると、とても自分ではこんなに丁寧に出来ないなって思います。

塗るのは私のやっている絵付けに共通するものがあり、自分で描いてみたいと思ったりしますが。

色選びやデザインを考える時が、とても楽しいです。

やる時にはやってる人に聞いて、良いお店選びが大事だそうですよ。

2012年5月7日月曜日

気仙沼便り 5月版

ゴールデンウィークも大雨や竜巻と、自然災害怖いですね。

皆様は如何お過ごしだったでしょうか?被害はなかったですか?

久しぶりに気仙沼便りをお届けします。

連休はボランティアの方々や観光客で、賑わったそうですが、避難勧告がでたり、大雨で仮設住宅が浸水したりと。。。
、やっと落ち着いてきたと思っていたでしょうに、どんなにがっかりなさったか。。。
いくら仮設でも高台のはず、排水も考えてほしいですね。

前にお話しした保育園「おひさま」の園舎の地鎮祭が行われたそうです。
気仙沼は建築用地が少なくなったため、土地が不足し高騰しているそうです。田んぼだった土地を借りて園舎を建てることに決まりました。田んぼという所が地震に大丈夫だろうかと心配ですが、
津波が届かない安全な所でやっと決まったとのこと

復幸マルシェにも沢山のボランティアやお買い物客が来て下さったようです。マルシェを運営されている方は、家や店舗が全壊したり、ご家族を亡くされたり、悲しい体験をなさった方がたですが、
本当に前向きに頑張っていて、頭が下がります。


また、気仙沼に40頭のイルカが現れたとか
http://www.sanrikushimpo.co.jp/cgi-bin/page.cgi?MODE=3&CATE_ID=0&FILE_ID=5


以下、気仙沼中村さん、高橋さんからの報告です。

 皆様ご無沙汰していますお変わりありませんか?
 ようやく連休を過ごし ほっとしている方もいらっしゃるのではないでしょうか

 これまでたまっていた分お知らせしますね。

 まず 茅ヶ崎での市民祭りでがんばりっこちゃん、ポストカード そしてフカヒレスープの販売。
 素敵な看板も作ってくださり、 何日もかけて 準備して頂いたこと 本当にありがとうございます!
がんばりっこちゃんも150個お嫁に行ったそうで良かった!

茅ヶ崎では市民センターに集まって定期的にがんばりっこちゃんを作ってくださるそうです。本当に本当にありがとうございますm(__)m

そして以前がんばりっこちゃんの売り上げを寄付させていただいた保育園「おひさま」の地鎮祭が行われました!早く園舎が建って子どもたちが安心してのびのびすごせるといいですね

 日にちは前後しますが、 救援物資で 残っていた春物の衣服を、フリーマーケット形式で被災された方に提供しました。みなさん 喜んで持っていかれてました。季節が新しくなれば また必要な物も出てきますよね。

それから「復幸マルシェ」にも久々に顔を出すことが出来ました。
お店が増えていてにぎやかになっていてびっくりしました。
http://www.shishiori-marche.jp/マルシェ日記-ブログ/

一昨日の雨で地盤沈下したところは湖のようになっていました。復幸マルシェに出店している方の家があったあたりも、 どこに家があったか分からないほど、 辺り一面 水であふれていて なんとも言えない気持ちになりました。

ひさしぶりに港のほうにもいきましたが 道路はきれいになっていましたが、やっぱりまだまだ ひどいです!!
裏の畑の片付けに来てくれて方と 久々に話をしました。
この方は会社と家が全壊しました。
ここ4ヶ月ほど集団移転のために、 方々を回って 地権者に話をしたり 書類を整えたりしていたそうで、 ようやく市役所へ提出できたそうです。夜眠れないこともあり津波より大変だったと言ってました。まだまだ かかるだろうと話していました。

2012年5月4日金曜日

ヨーロッパ陶磁器美術館の旅 4

ミラノ発10時5分発スイスのローザンヌに向かいます。Lausanne着14時26分。
汽車も街も綺麗。インフォメーションも両替所もガラガラ。観光客は多いのですが、国民性の違い。
スイスの方はちゃんと仕事しています。何事も迅速にことが運ぶようになって、気持ちまで余裕が出てきました。

美しいこの街には絵付けの材料店があり、今日はそこが目的です。そのオーナーはもう亡くなられたので今はやっているのかなので、店名は省略します。

スイスにはチッキという切符を持っていると、荷物だけ先に目的地に運んでくれるシステムがあり、
私たちはニオンに寄りたかったので、荷物だけジュネーブに

ローザンヌ発11時29分 Nyon着11時54分
ニオンはレマン湖の畔にある小さな港町。ジュリアス シーザーが築いた街です。ここにはニオン城という小さなお城があり、ここにニオン焼きという小花の図柄を主とした繊細な柄の陶磁器美術館
あります。

今夜はジュネーブに泊まります。レマン湖と遠くに見えるアルプスの景色。落ち着いたいい街です。
ジュネーブでは大好きなレースの製品をお買いもの。観光地だけあって物価が高いです。湖のそばのお店は観光客相手の店がおおく、外れると安いお店が見つかります。

ジュネーブからパリにTGVで向かいました。事前に予約して、列車内でフルコースのお食事をしました。11時57分発
パリ リオン駅着15時46分

さすがにパリは人が多いです。Hotel Cayre Copatelに泊まります。
パリのはとバス?観光バスに乗ってベルサイユ宮殿に。宮殿の前が偶然自転車レースのゴールになっていて、大賑わい。
ピンクの大理石のトリアノン宮殿やナポレオンとジョゼフィーヌの別荘だったマルメゾン、なにしろ広大な敷地に大きな建物。絢爛豪華とはここで使う言葉だな~って思いました。

翌日は地下鉄でセーブル陶磁器美術館に行きました。さすが王立窯だけあって作品の素晴らしさに時を忘れます。

1985年8月27日から始まった美術館巡りの旅もいよいよ終わりです。
1か月荷物を持ちながら、沢山の列車に乗った旅は、私には思い出いっぱいの素敵な旅でした。
あれからもう27年。ヨーロッパは歴史に包まれた美しい街並みが多いです。機会があれば是非訪れて見て下さい。

2012年5月3日木曜日

ヨーロッパ陶磁器美術館への旅 3

この旅の話が完結していなくて、なんだか宿題が残っている気分なので、少し間があいてしまいましたが続けますね。

夜行列車で東ドイツのベルリン発22時18分フランクフルト8時45分着。38,2ドル。30分遅れで到着です。

東ドイツにはゆっくり1週間滞在し、特に治安も悪くなかったのですが、なんだかやっぱり暗い空気があり、西側に戻ってホッとしました。

英語が通じる所に戻ったのも、大して話せないにもかかわらず、とっても楽な気分

フランクフルトからロマンチック街道行きのバスに乗りました。
ロマンチック街道は日本人にも人気のコースです。

http://allabout.co.jp/gm/gc/45466/

ローテンブルグでバスを降り、ホテルを探す予定でした。
ところがバスを降りる時に激しく雨が降っていて、スーツケースを引きずりながらのホテル探しは
なんだか大変そう

そんな時ドイツ人のおばあさんが「地球の歩き方」の本を持って
なにやら宿の斡旋をしていました。
おばあさんはドイツ語しか喋らない。私たちはドイツ語は判らない。
だけど、宿探しも面倒なのでついて行くことにしました。
その本におばあさんの家が民宿として書いてありました。
Pension  Kate Mayer 1泊35マルク

おばあさんの家は思ったより大きくて綺麗でした。他にも泊まっている人はいるようです。
夜行列車とバスの旅で疲れていたので、夕食を食べてお風呂に入り早めに寝ることにしました。
私たちの部屋は2階で部屋の隣に浴室があり、寝る時にちょっと不安だったので、廊下につながるドアの鍵をかけて休みました。
疲れていたので爆睡し、朝になりました。

そこで事件が。。。。
おばあさんがなにやら怒って騒いでいます。何を言っているか判りません。朝食付きだったので1階のダイニングに行きました。日本人のご夫婦が泊まっていて、おばあさんが怒っている意味を教えてくれました。

私たちが泊まった部屋の隣にもう一つドアがあり、そこも寝室だったそうで、そこに泊まることになっていた男の子が深夜に帰ってきたら、鍵がかかっていて部屋に入れず、たぶんドアをドンドン叩いたのかもしれませんが、私たちは爆睡していたわけで。。。。。

ホテルではないので、家の間取りも判らないし、ひたすら謝ってご機嫌直して頂きましたが、おかげで美しいローテンブルグの思い出はこの事しか覚えていません。
海外民宿初体験はいやはやとんだ体験になってしまいました。

中世の都市の姿をもっとも完全に残しているところとか、小さな町は観光客で溢れ、日本人も沢山。東ドイツで珍しいものでも見るようにじろじろ観察された日々とは大違いです。ただ、物価が通常に戻っただけなのに、安い価格に慣れてしまっていたので、なんでも高く感じました。

ローテンブルグからまたバスに乗り、ミュンヘンに行きました。

ホテルはアメリカ資本の日本にもあるヒルトンホテルを予約していました。
ここなら安心だろうと思ったのですが。。。
その頃中東で戦争がありました。もう20数年前の旅なので詳しいことは忘れてしまいましたが、ドイツもかかわっていたのか、そのホテルには白いターバンを巻き白い長い服を着た負傷兵が沢山泊まっていたのです。

エレベーターに乗ろうとすると、エレベーターの中に顔を負傷している人や、生々しい傷をおった兵士だらけ。
部屋も壊れている所があり、廊下もなんだか騒がしく荒々しい気配。
1泊で恐ろしくなって、また他のホテルを探すことになりました。

ミュンヘンからバスでノイシュヴァンシュタイン城のあるFussenに行きました。
写真でもよく見る、デェズニーランドのシンデレラ城はこのお城を模したものと言われています。
思っていた以上に山奥で、森と湖がある美しい所でしたが、お城は外観のイメージと違って意外と地味なお城で、フランスのお城のような華やかさはなく、ドイツらしい固い感じのお城でした。
近くでパラセーラーをやっている人をみかけました。
こんな美しい景色を空から見れたら気持ちいいだろうな~と、ちょっぴり羨ましく思いました。
ホーエンシュバンガウ城も見学
行きの飛行機で一緒だった一人旅の女の子と偶然再会しました。

ミュンヘンの駅のそばは治安が悪く、怪しい薬をやっているような人もみかけます。駅の中にホテルがあったので翌日の移動を考えてここに泊まることにしました。Hotel Bundesbahn 148マルク
内部はこじんまりとしていましたが綺麗で、快適でした。
ミュンヘンでは、アルテピナコテークという美術館が素晴らしかったです。

翌日はフィレンツエまで夜行列車で移動です。駅で出発まで待っている間、英語を話す外人さんとお喋りをしたら、なんだか天候が悪く列車が運休になるかもしれないと教えてくれました。
またミュンヘンでホテル探しをしなければならないかと、一瞬不安になりましたが親切な彼が情報収集をしてくれて、列車は出ると教えてくれました。ミュンヘン23時20分発

フィレンツエ9時13分着の予定でしたが、1時間遅れで到着しました。
宿で苦労の連続の西ドイツでした。

列車に乗る時、フィレンツエ行きかと英語で車内の人に尋ねたのですが通じません。何回か言い換えたのですが???
ふと、気が付きました。フィレンツエはイタリア語読みの地名。英語圏の人にはフローレンスなのです。言い換えたらやっと通じました。ベネツエアも英語はベニス。混乱します。国際列車は車両が途中で切り離され違う場所に行ってしまうので、車両のチェックが重要です。

西ドイツから、ユーレイルパスを使い始めたのですが、使用開始の刻印を入れてもらうのを忘れ
列車で仲良くなったブラジル人に通訳してもらい、一安心。
駅でホテルを予約したのですが、長蛇の列、1時間かかりもうぐったりです。

フィレンツエは町中が美術館のよう。歩いて行ける範囲に沢山の教会や美術館・博物館があります。ウフィツイ美術館は有名です。あの頃はそんなに混んでなくゆっくりと見ることが出来ました。
後に爆破事件があり、今は入場も制限をしたり、手荷物検査があり、父と訪れた時は1時間以上並んだのに入ることが出来ませんでした。ハイシーズンに行かれる方は半日は覚悟した方がよさそうです。
私が特に好きになったのは宝飾店が立ち並ぶベッキオ橋を渡った右側にあるピッティ宮殿内にある数々の美術館・博物館です。特に磁器博物館はイタリアの磁器を知る上で、とても参考になりました。

近くにあるトスカーナ料理のレストランで食べたステーキは300gはありそうな肉の塊でしたが、
美味でした。フィレンツエであさりのパスタを食べようとしたら、ここは海じゃないよと言われてしまいました。イタリア人は食のこだわりが強く、後にイタリアに留学した日本人の方に伺った話では
日本食をこっそり食べていたら、そんなに食べたいなら日本に帰りなさいと大家さんに言われたことがあるそうです。
イタリア料理は日本人にはなじみもあり、美味しいですが、それでも毎日オリーブ油の料理を食べていると、日本のさっぱりしたものが懐かしく思います。

フィレンツエの駅のタクシー乗り場で、赤ん坊を抱いたジプシーの女性にお金をねだられて、そのしつこさにぐったり疲れました。駅のタクシー乗り場はスリも多く油断出来ない場所です。

フィレンツエ発14時30分ベニス着18時45分。30分遅れで到着
ベニスは今までと全く異なるまぶしい太陽と、陽気なイタリア人。ヨーロッパは地続きなのに、国で人柄もすごく変わります。
ベニスは世界中からの観光客であふれていました。迷路のような細い路地を歩くのもウキウキしました。大好きな魚介類の料理も久しぶりで、元気が戻って来たようです。ベネチアガラスで有名なムラノ島やレースのブラノ島、5~9世紀に人口2万人もいたというトルチェッロ島見どころも満載でした。ベニスでも駅から乗った水上バスが途中で全員下ろされたり、スーツケースを持ってホテルに辿り着くまで大変でした。Hotel Monte Carlo
交通は水上バス、水上タクシー、そしてご存じのゴンドラです。車は入れません。世界中から観光客が訪れるだけあって、どこを見ても絵になる景色です。
ここにも軍艦が停泊していて、ベニスの景色には違和感を感じました。
ベニスからまた列車でミラノに向かいました。ベニス発16時10分列車はコンパートメント(個室型で6人用)、偶然日本人の男性と同室になり、英語を話すミラノ在住のイタリア人の男性とよもやま話で盛り上がりました。

ミラノ着18時55分(5分遅れ) イタリアに入ってから列車はいつも予定時間に着きません。

ミラノも日本で予約してあったホテルに泊まりましたが、素敵なホテルでした。Hotel Diana Majestic部屋も30畳くらいの広さで、古い建物で趣があります。テレビをつけたら、日本のアニメ「佐助」をやっていましたが、イタリア語の佐助はなんだか不思議です。
ドゥオモの巨大さに圧倒され、サンタ マリア デッレ グラツイエ教会の「最後の晩餐」を鑑賞

久々にショッピングも満喫。ミラノのマダムの大人の雰囲気にあこがれました。あんな風にお洒落に歳がとれたら素敵だな~と感心したり
ミラノは大都会でイタリアの他の土地と違い、道行く人もきちんとしたビジネスマン風の人が多いです。それまで映画などで見ていたイタリア人のイメージとは随分違うように思いました。ベニスではちょっと油断すると騙されそうでしたが、ミラノはきちんとしていました。

イタリアは食べ物も土地により異なり、日本でも東北や関西では異なりますが、イタリアも土地により人柄も随分異なるように思いました。


今回でこの旅の話は終了にしたかったのですが、また長くなり完結出来ませんでした。続きは又後日にしましょう。

インド料理にチャレンジ

連休も激しい雨になってしまいましたが、皆様の所は大丈夫ですか?

最近ブログを読んで頂いている方々から、楽しみにしてますって嬉しいお言葉を頂き、ありがとうございます。

ブログって初めてみたら、一方通行でこれでいいのかな~なんて、時々心配になったりしています。
なるべく楽しい話題を皆様に提供したいと、心がけていますが。。。

私は偏食家で、食べることにはチャレンジャーになれないのですが、インド料理を食べるお誘いがあり
出かけてみました。

場所は地下鉄の「青山1丁目」駅4番出口を出て、右方向に信号2つめの少し先右手2階にある
「ポンディシェリ」というお店です。

南インド料理
http://r.gnavi.co.jp/a486409/menu7.html

本格的なインド料理は初めてだったので、南も北も区別は出来ませんが、
カレー料理は辛いという印象を持っていましたが、マイルドでした。

インド カレーとイメージすると、ナンと思うのですが、ここではナンも5種類ぐらいあり、他にも
ドーサというクレープや、ブーリーという揚げパンなど、勿論バターライスもありました。

インド大使館のイベントにも参加するお店とかで、5種類のカレーをシェアして頂きましたが、
どれも美味しかったです。
場所がらか、外国人のお客様も多いようです。

デザートに食べたインドのアイスクリームも初めて食べる味、触感でした。
ランチはとてもリーズナブルで、ナンやドーサなど追加無料でした。
ランチタイムはランチメニューだけのようですが、他にもマグロのタンドリーとか食べてみたいメニューがありました。

夜はベリーダンスをやる日もあるようです。
詳しい情報は上記サイトにアクセスしてみて下さいね。

都内では高熱がでる風邪が流行っているようです。皆様お気を付け下さいね。

2012年4月29日日曜日

蔦屋代官山店 探検

ゴールデンウィークに入りましたね。皆さんは如何お過ごしでしょうか?

私は実家で過ごすことが多かったのですが、今年は東京で過ごしています。

昨日、今日は東京はとてもいいお天気でした。気が付けば山法師の街路樹が満開になっていました。
東北も桜が満開になったようですね。

前にお話しした代官山の「蔦屋書店」に行ってきました。
http://tsite.jp/daikanyama/access/

普通の書店とはかなり異なり、大人の遊び場にはなかなか良さそうです。

3棟の建物からなり、
本は人文、文学、建築、インテリア、デザイン、車・バイク、写真、カメラ・時計、美術、ファッション、旅行、料理、分類されています。

2階は映画(DVD)、音楽(CD)、そして、真ん中の棟の2階はゆったりとしたホテルのラウンジのようなティールームがあり、サンドイッチやお茶をしながら、販売している本が読めるそうです。

本の分類が例えば車やバイクはメーカー別になっていたり、旅の本も国別になっていてお目当ての本が探しやすいです。

周辺には食事が出来るお店があり、スタバーやカメラのライカの店、自転車の店、ミニカーの店、ペットショップなどがあり、ドッグランもありました。駐車場も120台分ありました。

お天気の良い日にお散歩を兼ねて行くと、気持ちの良い空間になっていましたよ。

ここ数年旧山手通り沿いは閑散として、代官山ヒルサイドテラスも空き店舗が目立っていましたが、
平日だったのに、かなりの人の往来がありました。

TUTAYA効果恐るべしです(笑)

営業時間も書店部分は朝7時~深夜2時まで


2階は朝9時~深夜2時まで、無休です。

この近くにコルドンブルーというフランス料理の料理教室がありますが、ここではパンやケーキを買うことが出来ます。ここのクロワッサンは美味しいです。

http://www.cordonbleu.edu/tokyo/cafelaboutique/jp

2012年4月19日木曜日

ユーチューブにzaandamの映像ありました

凄いですね~
今回訪れた先での映像がいろいろアップされていました。

良かったらこちらものぞいて見て下さいね
http://www.youtube.com/watch?v=cZ6x0bqVoBc

船での催し

記憶が新たなうちに船内のスケージュールについて、お話しますね。

寄港地について観光がある日でも、船内に残って遊べます。
ちょっと疲れて下船したくない人は、麻雀をしたり、プールで泳いだり、ジャグジーを楽しんだり図書室で読書をしています。パソコンルームもありインターネットも出来ます(別料金ですが)
テレビもCSが見れます。


お食事も3食OKです。料金は最初に支払う旅行代金に含まれています。メインダイニングをはじめ、バイキング式のレストランは朝6時から夜11時まで開いてます。予約して利用するレストランもありましたが、いつも満席で利用出来ませんでした。プールサイドにはホットドック・ピザ・ハンバーガーなどの軽食があり、その他数か所にBARやCAFEがあります。

タバコはベランダのある部屋はベランダで。他に8階と3階のデッキとカジノやダンスフロアーのあるBARでOK

エレベーターは先方・中央・後方に3か所各4基ずつありました。

厨房にはエスカレーターがありました。メインダイニングが4階と5階に一部吹き抜けであります。
夕食だけ時間をあらかじめ登録します。早い時間は5時半から、遅い組は7時45分からフルコースの食事が食べられます。
お味噌汁や鱸のおすまし、すき焼きというメニューもありましたが、???でした。

メニューは毎日変わります。前菜・メインなど数種の中から選べます。ベジタリアン用のメニューが必ずあります。

別料金はアルコール飲料、ソフトドリンク(バイキングスタイルのレストランでは無料です)、カジノやエステ、美容室の利用料、船内の買い物(宝石店まであります)、シャンパン試飲会などの特別なイベントの参加料、有料のレストランが今回は1軒ありました。

チップも乗船前に決められた金額を一括で支払ってしまうので、いちいち気にしないで済みます。

毎日お部屋に船内新聞が届き、翌日のイベントや日の出、日没の時間など案内されます。
イベントは参加したいものに、時間にその場所に行けばOK

太極拳やウォーキング、パター大会、チップ大会(どうするのかと思ったら、プールに向かってピンポン玉をピッチングウエッジで的にむかって打つ競技でした)

カジノは国際法があり、陸地から何海里はなれないと営業できません。
麻雀や囲碁、ダンス教室、フラワーアレンジメントの講座、タオルアート、お料理、クラフト教室や
ワイン講座、等‥とても全部は参加出来ないほど、盛り沢山です。

BARではクラッシックの演奏・ピアノの演奏などもあり、劇場では毎晩のようにショーをしています。
勿論これも無料です。今回は専属の方達の他に、ピアニストによるコンサートと沖縄の地元の若者の沖縄芸能のすばらしいショーがありました。

ダンスフロアーが何か所もあり、皆さんよく踊っていました。70歳からご夫婦で社交ダンスを習い始めたという83歳の方、転ばなくなったとダンスを勧められました。
今回はご夫婦で参加の方が多く、私はパートナーがいないのでダンスは残念ながら出来ませんでした。

一日中航海日のイベントプログラムの写真です


この船は音楽をテーマにした船とかで船内のあちこちに古いピアノやQueen,Eric Clapton、The Rolling Stonesのサインいりのギターなどが展示されていました。
30か国20言語圏の船員たち、この倍以上の人が働いています。客室係やウエイターはインドネシア・フィリピンの方が多いです。