2012年3月24日土曜日

桜さくら

ブログのタイトルをまたまた変更しました。悪戦苦闘している私にアドバイス頂いたので、挑戦してみました。 こう度々タイトル変更して、全く何しているのかと自分でも恥ずかしいですが、こんなレベルなので、お許し下さいね! 雨の日が多くなって来ましたね。春が近づいているのかしら? 桜の開花予報、29日とでたようですが、まだダウン着ている人も多く本当かしらと思っちゃいます。 ワシントンでは例年より早く桜が満開になったようで、友人が来月ワシントンにお花見に行くと言っていましたが 間に合うかしら? 花の予想は難しいですね。 一関の街の中心に磐井川という川があり、昭和23年・24年に水害があり、犠牲者の慰霊と復興を祈願して植えられた 桜並木があります。厳しい冬が終わり、一斉に花々が咲きはじめるこの季節が大好きでした。 しかし、桜の根が土手を弱くしているという理由で、伐採されることになったようです。 あの見事な桜並木が無くなったら、「さあ、春が来た!頑張ろう」って思えなくなりそうで 残念でなりません。何とか残す方法がないのかしらと思います。 我が家の近くはお花見が出来る所が沢山あります。 目黒川の桜は中目黒付近は屋台が出て賑やかです。 白金台の八芳園の御庭も良いですよ。花嫁さんが写真撮影していたり、庭の鯉や盆栽も見事です。 東大医科学研究所の中は八重桜が綺麗です。お散歩しながらレトロなレンガ造りの建物を眺めて見るのも楽しいです。 地下鉄白金台駅出て直ぐの所にあります。 東京は緑が少ないと言われていますが、桜は多いように思います。 新宿御苑の桜も素敵です。お弁当を持って出掛けてみませんか? あなたは何処の桜が好きですか?

2012年3月22日木曜日

地中海クルージング

今日は朝からなんだか頭がぼんやり。そんな日は好きなCD、Bossa  n' Stones 2を聞きながら
身体に従ってダラっと過ごします。

久しぶりに旅話をします。

スペインのバルセロナからトルコのイスタンブールまで2週間の船旅をしました。
飛行機でロンドン経由でバルセロナに入国。
バルセロナでホテルに1泊し、ピカソ美術館やミロの美術館・ガウディの建造物サクラダファミリア・クエル公園などを見学し、船に乗船。

船は「グランド プリンセス」http://www.princesscruises.jp/s_grand/
乗客2594名、乗組員2500名。世界中からの乗客の中、日本人は父と私の二人だけでした。
医師2名・看護婦5名・介護士10名。車いすの乗客も多いです。

毎日、お部屋には船内新聞が届きます。明日の寄港地のことや、船内のイベント、食事の時のドレスコードなどが書かれています。乗船時に顔写真付きのIDカードが作成されます。船内の買い物や乗下船時の確認証として使われます。船の場合、チップは始めにまとめて支払ます。金額も提示されます。
食事は「サバティーニ」以外のレストラン、24時間営業のブッフェスタイルのレストラン、アイスクリームショップ、プールサイドのBarもすべて料金に含まれているので、何度利用しても特別なアルコール以外料金はかかりません。

メインダイニングは最初に席が決められ、私たちはニューヨークから来たインド人の医師のご夫妻と同席でした。この奥様とても細身の方なのに、よく召し上がるのです。
メインダイニングのディナーは毎晩フルコース。量もしっかりあり、私達はいつもメインのおかずにたどり着くころは満腹状態なので、デザートはギブアップ。彼女は毎回しっかり完食し、「何故デザート食べないの?」と不思議そうに聞きます。何故そんなに食べれるのって聞きたかったです。

そんな訳で、何回かは自由に量を選べるブッフェで食事をしました。ここではドレスコードも関係ないので、Tシャツに短パンでもOKです。

ドレスコードはフォーマル、セミフォーマル、フリーとあり、フォーマルは3回、セミフォーマルは2回ありました。昼間はTシャツ・短パン・ゴム草履の人がほとんどですが、フォーマルの日は、タキシードにドレス姿。おしゃれした人を見ているだけで楽しくなります。

船室はスイートルームだったのですが、手違いがあり、W BED。父と2週間このベッドで寝るのかと思ったら一瞬帰りたくなりました(笑)父も同様だったようで、お互いにベットの右側と左側に落ちない程度ぎりぎりに寝ていました。
幸いなことに毎日ハードスケジュールで爆睡したので、いつの間にか気にもならなくなりましたが

船の中には大劇場もあり、映画やショーが催されます。他にもダンスや、KARAOKE、プールサイドでのゲーム大会など、船上だけでもイベント盛り沢山で、自分の体力とよく相談して参加しないと
観光する体力がなくなってしまいそうです。

寄港地に着くとツアーに行くバスが何十台と待っています。コース毎に胸にシールを貼りバスに乗るまでも大仕事です。

最初の寄港地はフランスのニースです。ツアーは体力に合わせて様々なコースがあり、父の為になるべく楽なコースを選択しました。
ニースからカンヌにバスで行き、ランチをして自由時間。父はあまり歩けないので目の前にあるヨットハーバーの前の公園で、街の人がペタングというゲームをするのをずっと眺めていました。

2回目の寄港地はモナコ
港から通りに出て右手に行くと、丘の上に出るエレベーターがあります。のんびりとヨットハーバーで豪華なヨットを見ながらお茶をします。

3回目の寄港地はイタリアのリボルノ。
ここからバスでフィレンツエに行きました。
ここは建物を守るため中心部に車が入れず、歩いての観光です。父はすぐに同じコースの方についていけず集合場所を聞いて別行動に。
馬車なら良いだろうと乗ってみましたが、なんともいい加減な馬車でさらっと終わり、ウフィッツエ美術館に行きました。7月の観光シーズンとセキュリティチェックが厳しくなり、何百人という人が並んでいました。これでは集合時間に間に合うか不安でしたが、歩くのが辛いといういうのでとにかく並ぶことに。1時間くらい並んだけれどそれでも入れず、これから入れても集合時間に間に合わなくなりそうなので、諦めて集合場所に移動することにしました。
皮製品のお店が立ち並ぶ通りを歩きサンタクローチェ教会前の広場が集合場所です。ところがこの広場色んなツアーの集合場所になっているらしく立っているのがやっとの人混み。
そこに30分以上待たされたあげくバスまで更に15分ほど歩くことに。
お年寄りの多い我々のツアーは、「こんなに待つのならバスの場所を早くに教えてくれたら、ゆっくりバスに迎えたのに」といきり立つ老人続出。ガイドの若いイタリア人の女の子も負けてはいない。
しまいにはそっぽをむいてしまった。
日本のツアー事情とはかなり違うこのやりとり。なかなか面白かったけれど、父には疲れただけのフィレンツエになってしまいました。

船に帰るとアメリカ合衆国の建国記念日のパーティがあった。乗客の多くがアメリカ人だったためか、フォーマルでのディナー。大忙しの1日でした。

翌日はナポリ

5回目の寄港地はベネチア
船が街に近づき美しその景色にうっとりです。汽車でこの街に入るのとは全然異なるイントロに言葉を失います。
ペギーグッケンハイム美術館をゆっくり見学し、目当てのレストランで魚介類のお食事を堪能。

6回目の寄港地はギリシャのアテネ
毎日天候に恵まれ暑い。疲れも出てきた父の為に歩かなくていい楽々コースを選択。

7回目の寄港地はトルコのクスダシ
エフェソス遺跡を見学。かなりの遺跡群は圧巻だったが、ここも広大で暑さの中はかなりハードでした。聖ヨハネ聖堂を見学。

そしていよいよイスタンブール着
2週間の船旅は長いと思っていましたが、毎日盛り沢山であっという間でした。

下船後ブルーモスク・アヤソフィア大聖堂・トプカピ宮殿・グランドバザール等々観光。
ホテルに日本食レストランがあり、久しぶりに日本食を堪能??
父はトルコ人のウェイトレスが着物を着ているのに、歩き方がおかしいとコーチをし、無事に
クルーズの旅を終了。

もっと早くに行ったらもう少し歩けたのに残念がった父の言葉が今でも耳に残ります。

本のご紹介

気仙沼の中村さんからのメールをご紹介します。

柳さん(本を出版した方)から届いた 感想文や地元新聞に載った記事を貼りつけたものから 抜粋してお知らせします。

今日は柳さんの本を出そうと思ったきっかけの話を聞いて 胸が熱くなりました。いつも親しくされていたおじいちゃんが津波で亡くなったのだそうです。そのおじいちゃんは小学校の紙芝居のボランティアに行ったり 紙芝居を沢山自腹で買って子供たちに読んであげるのを楽しみにしていたそうです。親を亡くした子供たちに毎月五千円ずつ 何十年も 贈ってきたそうで そういう人たちが いたことを忘れないためにも 本を出そうと決めたそうです


収益は震災で孤児になった子供に送られます。沢山の方に読んで頂けたらと思います。
三陸新聞2011129から

 ①311 その時 それから わたしたちが伝えたかったこと‐31人の声」(柳希世嘉子・山内繁編著) ツーワンライフ出版 を読み未曾有の大震災の日々を改めて振り返った。

 岩手県のツーワンライフから、先月10日に発行された一冊。気仙沼在住の人たちを中心に、一関市や角田市など 主婦や教諭、商店主の立場での寄稿文と地理学会で発表された論文抜粋などが掲載されている

「経験したこと」「行動したこと」「思ったこと」「感謝」など被災した人たちがどのようにして助かったのか。その後 どのような活動をしたのか 今をどう生きているのか そして東京消防庁や自衛隊に対する思いなどがあり 一人一人の文章に胸が熱くなった。

 反省もあり未来に向けた提言もある。震災で家族を失ったり 家を流されたりした人の大変さは計りしれない。直接的被害がなくても二次災害 三次災害など多くの人たちが心に傷を負い 日を追うごとに精神的疲れが出てきているのも現実である。

  それでもなお 「感謝と勇気、日本人の奉仕の精神 」「世界の平和」を願って書いている人たちがいた。震災を心に刻み、後世に伝えることが残された者の責務である。
 
 千葉県の読者の方の感想



② 私は読んでは休み… という やはり体験された方々の文章は迫るものがあり一気に読めません。気仙沼の方々の声を一つに集めて後に残す 伝えることの大切さを感じます。結集された柳さんはリスペクトです。高知の読書会のメンバーにぜひ読んでもらいたいと まず私が読んだら送る予定です。

つなぎの会メンバーの高橋さん、中村さんも投稿しています。

こちらのサイトで購入出来ます。

2012年3月18日日曜日

孤独の自由 なるほどね!

昨日は1日食べるのも忘れてパソコンと格闘し、疲れ果てて爆睡してしまい気が付いたら午前4時。
身体痛いです。トホホ

こんな生活が出来るのも孤独の自由???

この言葉は先日俳優の仲代達矢氏が言った言葉です。そうそう、これこれって思っちゃいました。
何それ~って思ったあなたは幸せなんですよ
世の中には敢えて孤独を楽しむ方もいますがね
日本人って、悲しさや淋しさを表に出すのが下手な人種なんじゃないかなと私は思います。

震災で大変な体験をした方も、もっと怒ったり泣いたり叫んだり、悲しいって表に出していいのに
じっと耐えて「頑張ります」「前を向いていくしかないから」なんて言ってしまうけど、人間そんなに強い人ばかりじゃないでしょう?
だから私は「頑張らないで」って言っています。だって辛さに必死に耐えてるだけで充分頑張っていらっしゃるのだから

「侍文化」のなせる業か、子供の頃「泣くんじゃない」って言われて育ったせいなのか、大人が泣くのは
みっともないになっているような気がします。

外国で不幸なことが起こると、泣いている人や叫んでいる人多いですよね。

たま~に涙を小道具に生きてる人もいるけど、私は泣ける人って素直だな~と思ったり、甘え方が上手な人なんだな~って羨ましく思います。

仲代氏は無名塾の稽古場が1階にあり、上に自宅があるそうです。下に居る時は若い人に囲まれて賑やかだけど、上にあがると孤独を感じると。。。

ぽっかり空いた心の穴は簡単には蓋が出来ないもの。まして、埋めるなんて難しい。

私にとって蓋がしまる一番の方法は「旅に出る」ことです。特に海外に行くとしっかり蓋が閉まります。海外にいっぱい出かけたのは如何に蓋を閉めまくっていたかですね(笑)

海外旅行は言葉が通じないから全神経使いまくりの状態になります。不慣れな街を歩くのも、日本のように治安が良いとも限らないし、それだけでも頭はいっぱいになります。
でもそれだけではただ疲れに行くようなもの。歴史ある建物を見たり、安全な美術館の中で大好きな絵や工芸品を見たり、勿論美味しいものを食べて買い物をして。。。知らないうちに蓋は閉まっています。
ただ、困ったことに帰国した途端この反動がドドーンと襲うこと
多分旅の疲れもあるのでしょうが、あ~淋しいって落とし穴にどぶーん

何を贅沢な、忙しくて旅行なんて行ってる暇もないわよってお思いの方もいらっしゃるでしょうが
これが私の孤独の自由なんですよね。

ブログのページのレイアウトが変わりました。不具合が生じて訂正が出来なかったので、違うパターンにしてしまいました。お仲間登録して下さったikumitさん、登録が消えちゃってごめんなさい。

絵付けのページ、写真更新しました。宜しかったらこちらも見て下さいね。

2012年3月17日土曜日

またまた四苦八苦

「おひさま」のことを沢山の方に知って頂きたいと思い、googleやyahooの検索に引っかかるには
どうしたらいいのか、考えてみました。

今までのブログのタイトルはgoogleブログサイトの初期のタイトル名ですが、「今日もありがとう」っていい言葉だなと思ってそのまま利用しましたが、これだと大勢の方が使っているタイトルなので、
ちょっと変えてみました。

これでも駄目ですね~。

Qi a laって教室名も少ないと思っていましたが、な、なんとこれも沢山サイトが出てきます。

ネット上のタイトルって難しいです。出来ないとなると、とことん追求したくなる私。

ウウウ  夜も眠れなくなっちゃいそう

話はコロッと変わりますが、昨日用事があり銀座に行きました。昨日はユニクロ銀座店がリニューアルそしてIPADが新発売と重なって、平日なのに賑わっていましたね。

ユニクロは場所が代り、松坂屋デパートの向かい側に移転していました。歩道にはユニクロ目的の長い列が。。。ユニクロは大好きですが並ぶのは嫌いなので、チャレンジャーになるのはやめました。
19日までは銀座店だけの目玉価格があるようですが、東京は今日は寒い雨。
気合入れて並んでいる人いるのかな~

新しいお店が出来る一方で老舗の呉服屋さんが閉店していました。

時がながれ、必要な物も変わっていくのですね。ちょっと寂しく思いました。

2012年3月15日木曜日

気仙沼 保育園 「おひさま」

昨年11月に気仙沼の高橋さんから、「おひさま」という保育園のことで、緊急の連絡が入りました。
津波で園舎はなくなり、保母さんが園児と避難出来たのですが、園長先生がお亡くなりになりました。
今は園長の意思を継ぎ、仮設の倉庫で運営していますが、床はコンクリートの打ちっぱなし、底冷えがするので、何か方法がないかしらということでした。
その頃は仮設住宅も寒さと結露で対策が必要と連絡があったばかり。。。

早急に集められる物で何か断熱対策になるものがないか、建築の仕事をしている同級生に相談して、断熱材がネットで買えるルートを調べて頂き、それらは彼女達のネットワークが協力要請の輪を広げて下さり、送ってくれました。

梱包材の「プチプチ」も窓に貼ると効果があることが判り、こちらは絵付けをやっている私達は常備している物なので、「日本ポーセレンペインターズ協会」に協力をお願いしました。

協力をお願いした皆さんがそれぞれに色々アイデアを出して下さって、半月足らずで、沢山の断熱材、プチプチ、絨毯、そして灯油を買う資金まで提供して頂きました。

「おひさま」や仮設住宅に住む方に思った以上のスピードでお届け出来て、本当に嬉しかったです。

この時も私達「つなぎの会」5人では不可能なことが、ひとり一人手をつなげていくことで、可能に出来ることを実感し、皆さんの善意が折れそうになる被災者の方に笑顔もお届けできることを感じました。

気仙沼は水産業が中心の街です。まだ職場が少なく小さなお子さんがいる女性も仕事を探し
働かなければなりません。其の為にも長時間お子さんを預かってくれる場所が必要です。
震災前は親御さんにみてもらえた方も、大事なご家族が犠牲になられたり、離れた仮設住宅になってしまったりしているので、復興する為にも保育園は大事な役割を担っています。

昨日、高橋さんから気仙沼の現状とご協力をお願いしたいメールが届きましたので、ご紹介いたします。


今も仮設の倉庫をリフォームした部屋で36名ぐらい子供たち(登録は60)を預かって4名の先生たちで面倒を見ています。

トイレも介護用ポータブル、園庭もない状況ですが、全国からの暖かい支援で環境はずいぶん改善されおもちゃや絵本もいっぱいで元気に楽しく過ごしています。

最近までパートの方が1名手伝ってくれていましたが体を壊し今はいません。

1人1ヶ月17000円保育料を頂いていますが市からの補助金はなく先生たちの給料、家賃、お昼のおかず(ご飯と飲み物は持参)、おやつ、光熱費などでギリギリです。

先生たちの給料はやっと先月初めて支給したそうです。

代表の里見栄美さんは給料なしです。

今まで支援を頂いた件数は50件ぐらいですが大きい団体からはなく個人からがほとんどです。

このような現状ですが山形の建設会社からの支援で念願の園舎を建てていただくことになり、今の場所の近くの農地だった所を借りてそこに建てる事になりました。

子供たちがのびのびと過ごせる園舎が出来るのは子供たちも親御さんにとってもとても嬉しいことだと思います。しかし資金面での問題もたくさんあります。

まず、園舎を建てて頂いた場合その40%の贈与税がかかるということ。

備品や遊具など必要なものが出てくるということ。

園児の数も増やしたいので先生の数も増やしたいということ。

固定資産税等まだまだ進むにつれて必要な運営費が出てくることが考えられます。

亡くなった前身「南気仙沼幼児園」の理事長さんの意志を継ぎ姪で代表の里見栄美は支援金のお願いに奮闘しています。

4月からは日曜保育もやります。働く親御さんたちの力になり、1日も早く復興が進むことで子供たちの明るい未来に繋がればとの思いです。

何卒御支援宜しくお願い致します。 

できるだけ「おひさま」の力になりたいと思っている高橋玲子より

このような状況にある所は沢山あると思いますが、よろしければ一緒にサポーターになって頂けませんか?
今、ボランティアの方に「おひさま」のホームページを製作して頂いているそうです。
完成したら、ご案内させて頂きます。

2012年3月13日火曜日

旅立ちの季節が

3月は卒業や移動や定年や人生の節目を迎える季節
親しい友人と別れる寂しさと新たな生活への期待と不安。
そして寒い季節から日差しも少しずつ明るくなり、花々が春の訪れを知らせてくれる。
ちょっとウキウキ、ドキドキするそんな季節。

それが去年の3月11日のあの日から、悲しいこと、辛かったこと、大変だったことを思い起す季節になってしまいましたね。

正直、あまりに辛すぎて言葉にすることにも迷いがあります。

あの日、一関や仙台に住む家族のこと、友人のこと、沿岸に住む知人のこと
つながらない電話。テレビに映る見慣れた街の崩れていく様子。
何もかも不安だらけでした。

3日後にやっと通じた電話で弟があの日、石巻の海の前の病院に仕事で行ったまま行方不明
と分かった時の気持ち
翌日の夜に孤立したその場所に生存していることが確認できた時の気持ち
震災から5日後に瓦礫の中を仙台まで歩いて帰宅したと連絡があった時の気持ち

パニックになっていた私はメールをくれた友人に不安な自分をぶつけることしかできませんでしたが
、みんなが送ってくれるメールだけがあの時の私には心の支えでした。

助かったのが不思議なような場所から弟は助かったけれど、あの時の誰でもいいから助けてと思った自分が、大切な方を亡くされたご遺族のお気持ちと重なり、命ある限り忘れることが出来ないあの日に心が痛みます。

気仙沼の友人からメールをご紹介します。


  皆様いかがお過ごしでしょうか。

あの日から 一年たちました。今日は 津波が来た時間 私は海に行って 亡くなった多くの方々の追悼と 今 生かされている感謝の気持ちを込めて 祈らせていただきました。
岬の先の神社が そこだけまるで海がよけていったように 残されていました。
後は見渡す限り 元の姿が分からないほど 何も残されてはいませんでした。
神社に逃げた人は10人 フェンスなどにつかまりながら 助かったそうです。助かった人は流れていく 家々をみながら どんな思いだったのでしょう。そして 避難場所に逃げながらも 予想を大きく上回った津波に流されてしまった人々は 何を思って亡くなったのでしょう



 今 生き残った我々 生かされた私たちは 何をすべきなのでしょう。
 あの日の夜は 本当にたくさんの星がまたたいて きれいな星空でした。たくさんの命が天に上って 星になったのだと思ったら 涙が流れました。
 生きている限り 一年前のあの日のことを 決して忘れません  一年たった 今 改めて思います。

  昨日の土曜学校(10日)はクリスタルボール奏者の安達季久子さん  龍笛奏者の山下進さんをお迎えしての演奏会でした。
なぜ龍笛という名前がついているのか聞いたところ 2オクターブの音階の音がでるそうで 高低差のある音は天と地を昇り降りする龍に似ているからだそうです。クリスタルボールも天に近い音で 2つの楽器が響きあって なんともいえない 心地よさがありました。クリスタルボールの独奏では みんな横になって聞いたのですが いつのまにか ぐっすり 起きたときは 自分の家なのに ここがどこか わからないほど熟睡してました。
 お二人とも ここ気仙沼に鎮魂の願いを込めて来て下さり クリスタルボールと龍笛の音は きっと 広がっていって 海へと届いたと思います。本当にありがとうございました。
 (安達さんは ブログに気仙沼に来たことやがんばりっこのことものせてくれました。ぜひ ご覧ください。)
「ブログ 天界の響きクリスタルボール」http://blogs.yahoo.co.jp/kikokiko0311
 また 桜の花が咲く頃気仙沼に来てくれるそうです。桜を見ながら 野点をしましょう。
 さて これからのつなぎの学校の予定 がんばりっこ販売予定です。
 3月17日(土) 13時半~ 羊毛手仕事

 3月20日(火) 宮城県登米市のイベントで がんばりっこと ハガキ販売
 4月 22日(日)茅ヶ崎 春まつり 同じく販売予定 (かなりの大きなイベントらしく がんばりっこ三百個目標!製作頑張ろう!)
 
なにがあっても 生きて笑えることが大事! 生きていることを楽しみましょう 。 みんなで笑いあえる そんな 社会、 学校をつくりましょう!

気仙沼に住む中村さんは養護学級の教師をしています。ご自宅を心のケアのボランティアで訪れて下さる方々に提供して、同じ気仙沼に住む高橋さんと共に少しでも心の痛みが癒され、また活気ある気仙沼になって欲しいと頑張っています。

今年は寒さで桜が咲くのも遅くなりそうですが、例年ならゴールデンウィークの頃気仙沼も桜が咲きます。復興にがんばっている地を訪れて、そこに泊まり、その地で食事をしたり、買い物をしたり、そんな協力の仕方もあるのではないかなと思っています。

2012年3月8日木曜日

日本の行く先

寝つけない深夜にNHK「東北Z」という番組を見ました。アイソトープ研究所所長 東京大学教授の
児玉龍彦さんの対談番組でした。この方は以前国会で涙ながらに原発事故から子供たちを守らなければならないと訴え、話題になった方です。その時の映像をご覧になった方は多いのではないでしょうか。

その児玉氏によると、放射能の除染には住宅1軒に付約500万円かかるそうです。土の表面を取り除く除染作業は毎日のように報道されていますが、それだけではなく屋根をふき替える必要もあるそうなのです。高圧洗浄で洗っても放射能物質は土や植物に付着し解決策にはならないし、樋なども同様とか。しかし今の国の考えは1軒70万円の予算とか。
建物ばかりでなく、森林に付着した放射能物質を完全に除染しなければならないという大きな課題もあります。

これでは完全な除染にはならず、国は福島を見捨てようとしていると悲痛な表情で訴えていました。

風評被害・パニック、、、混乱が起きないように注意は必要であるけれど、どんなに今大変な状況になっているのか、国民は正しい情報を知る必要があるのではないでしょうか?

こういう番組がなぜゴールデンタイムに放送されないのか不思議に感じました。どんなに恐ろしい情報であっても国民は知っておかなけれならないのではないでしょうか?

狭い国土に世界第3位の原発保有国。近々大きな地震が起こると言われている今、人が住めなくなる場所は福島だけで終わらないかもしれない。

原発再稼働などを論じてる段階ではない、まずは早急に放射能物質がこれ以上拡散しないよう早急に徹底的に除染することが最重要なのだと訴えていました。

重い話で、だから私に何が出来るのかまだ何も思いつきませんが、いたずらに怖がるだけでなく、政治家が東京電力が本当に真摯にこの問題を正しく解決する方法と向き合っているのか
まずは私たちもしっかりその動向に関心をもっていくしかないのでしょうか?

皆さんはどう思いますか?

2012年3月5日月曜日

相棒募集中

女性だけの旅サークルに所属しています。メンバーの皆さんは仕事や介護をしながら活発に世界に飛び出しています。

女子は元気です。

サバイバルトライアミーゴというニックネームがついた女子数名の旅は特に凄いです。

彼女達は去年は秘境の地、エンジェルホールに行きました。川をロープに摑まりながら渡り
屋根だけで壁もない所にハンモックで寝て、水のシャワーを浴び、けもの道をひたすら歩き
聞いてるだけでギブアップです。

最近ボリビアのウユニ塩湖に行き、帰国したそうです。今回も荷物が届かなかったり、国境越えに4時間以上かかったり、またまたサバイバルな旅のようでした。
でもその景色を見ると行ってみたくなります。

 どこまでが湖でどこからが空なのか、、、
2月に写真のように水が鏡面のようになるそうです。10月ごろには水はなく塩で真っ白な地面になるとか。塩だけで作られたホテルもあります。

日本からラパスまでは直行便はなく、25~30時間かかり、さらにそこから、4輪駆動車で7時間以上
かかるそうです。彼女たちは4輪駆動車の屋根に乗ってウユニ湖に向かったそうです。

今はラパスからウユニまで飛行機があるようですが、高地なので、体力も必要

サバイバルは不得意な私。国内でも登山もしたことがなく、かなり無理な希望なのですが、こんな景色の中に身をゆだねたら、人生観変わりそうで憧れます。

興味のある方は下記サイトをご覧下さい。
http://www.surtrek.jp/bolivia/howtogettouyuni.html

行ってみようかと思われた方、来年の2月に行きませんか?

2012年3月4日日曜日

やっと更新しました

深夜まで格闘しプレビューでは更新になっているのになんどアップロードしても更新画面に
ならなくて。。。だったのですが、今日見たらちゃんと更新されていました。

なんだったのか原因不明ですが、お騒がせしてしまいごめんなさい。

HPの容量に制限があるので、今後も写真を増やすために「上絵付けについて」のページの写真を
小さく変更しました。見にくくなりましたがお許し下さいね。

フォトギャラリーのページに写真を追加しました。

今日は寒いですね。明日はレッスン日です。
部屋を片付けて明日の準備をします。

作品写真

更新しましたとお知らせしましたが、何故か更新不能です。
フォトギャラリーのページに写真を追加しようとしましたが、他の写真が大きい為に
追加が出来ないようです。
設定を変える必要がありそうなので、ブログでご紹介いたします。

 昨年東京ドームで開催された、テーブルウエア展に出展したティーセットです。

                       小さな花瓶です

                 ジュエリーデザイナー森暁雄さんの作品集からアレンジしました

2012年3月3日土曜日

HP更新しました

フォトギャラリーのページに作品と私のお気に入りの品の写真を追加しました。
今回は携帯電話で撮った写真があるので
ちょっと写りが悪くてごめんなさい。楽しんで頂けたら嬉しいです。

お花見

寒がりの私は桜が咲くと春が来た、万歳!!なので、桜が大好きです。

3年前から伊豆の河津桜を見たいと思っていましたが、1月2月がとても忙しく叶いませんでした。
河津桜とは避寒桜と大島桜を掛け合わせて出来た桜だそうです。
鮮やかなピンクの花びらがどんよりした空に春間近を伝えているようです。

今年は寒い冬が続き河津桜もなかなか咲かず、やっと見に行くことが出来ました。
例年ならもう散っている頃なのに今年はやっと咲き始めたばかり。
雨で生憎のお天気でしたが、人出も少なくのんびりとお花見が出来ました。



来週の10日ごろには満開になりそうとか。屋台も沢山あり伊豆の名産や吊り雛などの販売もしています。足湯や温泉もあります。東京からは日帰りで行けます。

2012年2月28日火曜日

本屋さん

最近は本屋さんが少なくなったとか。電子書籍なるものも登場しているし。
私も絵付けの資料が沢山になり、ありすぎてどんな資料があるかが判らなくなっています。
少し整理したいと思いますが、見るとどれも捨てられず。。。

時々お散歩を兼ねて近くの図書館に出かけます。最近はなるべく買わずに図書館を利用したいと
思っているのですが。

渋谷の東急デパート本店に書籍売り場が出来ました。図書館のように細かに分類されていて、見ているだけでも楽しいです。

今日テレビで代官山に「代官山蔦屋書店」という本屋が出来たとやっていました。2階は椅子も沢山あってゆっくりとそこで本も読めて、最大の特徴はさまざまなジャンルのプロフェッショナルな方がコンシェルジュとしていて、相談にのってくれるとか。

旅の申し込みカウンターもあり、本を調べてその場で行きたい所のプランが組めるそうで、これは面白そう。探検に行きましょう!

2012年2月27日月曜日

気仙沼 復興マルシェ

気仙沼で復興支援「つなぎの会」をしている中村さんから来たメールをご紹介します。
気仙沼にボランティアで来て下さる方と共に、心のケアや物資の協力をしています。
最近は「がんばりっこ」というお人形を作り資金集めのお役にたてばと頑張っています。

 皆様お元気ですか?今週もつなぎの学校はおやすみでしたが 皆様からいただいた物質と 埼玉の方が可愛く作って送ってくれた「がんばりっこ」を 先週お伝えした鹿折の仮設店舗「福幸マルシェ」の小野寺さんのお店と つなぎの会のスタッフでもある高橋さんの美容室「ウェル」さんのお店に置いてきました。


  「がんばりっこ」がお嫁にいったそうで 嬉しい限りです。


 「復幸マルシェ」のブログに「がんばりっこ」のことをのせてくれたそうです。よかったらぜひ 見てください。
http://www.shishiori-marche.jp/マルシェ日記-ブログ/
 

 それから茅ヶ崎では 気仙沼産「がんばりっこ」と茅ヶ崎のと合わせて 総勢1 17名の「がんばりっこ」で撮影会がありました。カメラマンの方に撮っていただいて 絵はがきのようになるそうです。すごーく嬉しいです



 以前宣伝させていただいた震災の手記の本「31人の声」が釜山の大学で講義に使われることになったそうです。びっくり!嬉しいです。



 つなぎの学校の銀行口座も出来ました!(つなぎ土曜学校は長いのでつなぎの学校に変えました。実際のところ土曜以外もやっているので) 毎月 食費を削って寄付いただいている方もいて 本当に有難いです。「がんばりっこ」の売り上げも口座に送ってもらったりできるようになりましたご活用ください。
 

  今後のお知らせです。

33() 午後 手仕事


311()13時半~

 龍笛とクリスタルボールのコラボ

~天と地を繋ぐ魂の響き 龍笛&クリスタルボウル~

2年前より主に地元各地でコラボレーションで活動

昨年は京都・大阪で演奏会を行う


龍笛 山下進 東松島在住 

雅楽で使われる横笛の楽器病院や老人施設で訪問演奏、結婚式・お祭りなどの演奏活動等、昨年6月8日にはKスタで試合前に「君が代」を演奏!



クリスタルボウル 安達季久子 仙台在住

水晶でできたボウル型のヒーリングの楽器

毎月仙台市天文台プラネタリウムで演奏

普段は自宅でサウンドヒーリング等を行っています!



龍笛の凛とした音色で浄化し、

やわらかなクリスタルボウルの波動と共鳴することで

深い癒しがもたらされます。

心にも体にも心地よい響きをお楽しみくださいませ!

 みんなでねっころがりながら 音色で癒されましょう


  では まだまだインフルエンザも流行しています。皆様も気をつけてくださいね


0からの再スタートだった方々が、お店を立ち上げる処まで至りました。皆さんの頑張りに拍手です!

お知らせ

前にも書きましたが、友人が3月11日に新宿でチャリティーイベントを行います。

http://kunpu.exblog.jp/

お近くにお出かけの方は覘いて下さいね

上海の旅

父と上海に行きました。父は在宅酸素という24時間酸素を利用していました。国内旅行は事前に手続きをすると、旅先に酸素ボンベと酸素の機械を届けてもらえます。なので、道中の酸素ボンベだけ持てば旅も出来ました。

飛行機も当時は(ニューヨークでテロが起きる前でした)国内の航空会社をはじめ、ヨーロッパ・アメリカの航空会社は酸素を利用したままの搭乗が出来ました。

父の負担を軽くするために仙台から上海に行くことにしましたので、中国の航空会社を利用しました。

当時友人が上海に駐在していて、上海での酸素のことやいざという時に駆け込む病院の事など調べて下さいました。
日頃利用している酸素会社にも中国での酸素事情など調べてもらい、在宅酸素の会の方にもお話を伺いました。結果、中国ではまだ自宅で酸素が使えるようなシステムは無いようでした。

そんな訳で滞在期間中に必要な酸素ボンベを全部持参することにしました。車いすも用意し、20キロの酸素と身の回り品を持ってと大変な荷物になりました。

航空会社とはなんども搭乗に必要な書類のやり取りをし、いよいよ出発です。
沢山の荷物に車いすの父、車を運転し仙台空港に行きました。搭乗券をもらい荷物を預け、さあ搭乗という時に、航空会社の担当者が「感染性の病気ではない」という証明書が必要だと言い出しました。チケットを買うまでしつこいくらい何度も必要書類について問い合わせをして、要求される書類を提出していたのにです。

その日は日曜日、父の主治医は盛岡の先生。どうやって連絡とるのよです。頭が真っ白になりました。相手は書類がなければ乗れないの一点張り。仕方なく病院に電話をし、先生に連絡をとって頂きました。幸いなことに先生が口頭で証明して下さり翌日に書類をFAXで送るということで、やっと搭乗することが出来ました。
帰りに又同じことが起こっては大変なので、そのことを伝えて機上。

上海では手配したガイドや友人が出迎えてくれてほっとしました。上海は高層ビルが多く大都会です。その頃はまだ、低層階の古い街並みも少し残っていました。
上海に住む友人のおかげで上海博物館・豫園・お買いものと毎日が楽しく快適でした。父も酸素に車いすと中国ではない姿で行きかう人に珍しそうに見られましたが、とても元気。

足をのばし杭州にも行きました。34度いう暑さで遊覧船に乗ってもぐったりです。楼外婁で好物の豚の角煮を食べました。とろけるように柔らかく美味しかったです。

湖は中国でも有名な景色のいい所ということでしたが、十和田湖など日本の美しい湖を知っている私達には水も汚くて感激はありませんでした。
杭州に2泊する予定でしたがあまりの暑さで1泊で上海に戻りました。

足揉みマッサージを受けたり、JAZZのライブを聞いたり
1週間というゆったりとしたスケジュールで上海を満喫し帰国の日を迎えました。

上海空港で搭乗券を受け取り、荷物を預けお世話になったガイドや友人と別れ、出国手続きをした後に、また、飛行機に乗せることが出来ないと言われました。
今度は酸素が危険物だというのです。行きには乗れたのにと訴えても駄目の一点張り。訳の判らないやり取りをしている間にいつの間にか10人ぐらいの人に囲まれ個室に連れていかれました。
酸素はもう最後の1本だけ。これがなくなったらどうしていいか、、、
無事に帰国するしかないのです。かなりのやりとりの後、今使っている酸素を抜けば乗せると。
仕方なく抜くことに同意しました。彼らには酸素を抜くとはどういうことかもよく判っていない模様。

人が行き来している広い場所で抜けと言う。ボンベを開放にするとものすごい勢いで酸素が出て
それに驚いて止めろと騒ぎ、搭乗時に酸素を預ければ乗せると言い出しました。
どうでも良いから乗るしか道はありません。ちょっと偉そうな係官が父の車いすを押しゲートに向かいます。若い係官がずっとその係官に文句?を言いながらついてきます。

なんとか搭乗しボンベを預けました。それを確認し彼らは降りていきます。どうやらこのやりとりのせいで出発出来ないでいたようです。すぐに出発し安定飛行に移った時、機内にいた日本人医師が来てくれて無理しない方がいいですよと言って下さいました。
父も皆さんにご迷惑をかけた申し訳なさもあり、大丈夫ですと酸素無で頑張りました。

あまりに大変な搭乗だったので、飛行時間もあっという間に感じました。

私の旅の中でも一番大変な旅でした。







2012年2月24日金曜日

追伸

今日はアドレスからのリンクがうまくいっているようです。

レストラン アイのホームページ
http://www.restaurant-i.jp/
のfacebookに師匠酒井シェフとのコラボ、2月18日に掲載されていました。ご興味のある方はご覧下さい。今回はご紹介するのが遅れてしまい、24日で松嶋さんのお料理企画は終わってしまいました。

原宿には珍しい緑の多い落ち着いた雰囲気のレストランです。

松嶋啓介さん

皆さんはこの方ご存じでしょうか?
ニースでフランス料理のお店を持つシェフです。詳しくは彼のホームページをご覧下さいね。
http://www.keisukematsushimajapanice.com/concept/profile.html

昨年友人の誘いで彼のお料理を食べました。その日も朝ニースから着いたばかりということでした。
年に数回日本にも帰国し腕を振るわれています。
なんの知識もなく頂きましたが、今まで体験したことがないオリジナリティーあふれる、驚きの料理で何を頂いても美味しかったです。

先日彼の師匠とのコラボ料理会が、原宿の彼のお店「レストラン アイ」でありました。
1週間前に急に決まったということで、メール配信での告知。迷わず参加表明致しました。

2度頂いて思ったことは驚きのmenuがあるということです。今回はメインをお魚だけにしましたが、
前菜のフォアグラとトリフのコロッケ仕立てがどうやったらこういう料理になるのかしら?と思う
不思議料理でした。

彼のコース組は、最初に飲み物に合わせたおつまみ
次にコースにはない1品、それから前菜2品、そしてメイン料理、デザートそして最後に軽いおつまみ
と内容もぎっしりです。オリーブオイルとバジル入りパンがまたとっても美味しくて、つい食べ過ぎてしまうのでメインに入る前に結構満足状態になってしまいます。
コストパフォーマンスもばっちり大満足出来ます。

彼のことを教えてくれた友人には感謝です!

彼はまだ若く人柄も素敵です。好青年だということも彼のファンになった理由の一つです。
いつもお料理の後には各テーブルを周り挨拶をなさいます。

去年は8月に東日本大震災の被災地に花火をあげる「頑張ろう NIPPON」のメンバーとして
張り切っていました。今年もあげるよと先日もおっしゃっていました。
気仙沼でも花火が打ち上げられました。見に行きたかったのですが、混乱を招くということで現地の
方優先でしたので諦めました。後にテレビで見ましたが開催まで大変だったようですが追悼の思いを込めた感動的な花火大会になったようで、彼らの思いが現地の方の思いと一緒になれて良かったな~と思いました。

レストラン アイのホームページに彼のお料理を食べる機会も掲載されますので、興味のある方は
ぜひ一度トライしてみて下さいね。

他のサイトへアドレスからリンク出来なくてごめんなさい。まだまだ勉強不足です。松嶋さんのサイト、松嶋啓介で検索すると表示されます。

2012年2月23日木曜日

手作りウィーク

原宿のラフォーレの中に貴和第二製作所というアクセサリーのパーツ屋さんが2軒あります。
ピアスのパーツを買って作りました。と言ってもただピアスにチャームを通しただけですが。

先日買った布でランチョンマットを作りました。

ミシンが壊れて使えないと思い込んでいたのですが、どうやら糸のかけ方を間違えていたみたい。
最近こういう失敗が多いです。

ローマンシェードというカーテン作りに挑戦しました。

前のが色あせてしまって、よく見ると自分でも作れそうだったので、前のを分解しながらパーツを再利用して作ってみました。
縫うよりほどく方が大変でしたが何とか出来上がりました。

今週は毎日こんな事をしていたのでくたびれました。