ミラノ発10時5分発スイスのローザンヌに向かいます。Lausanne着14時26分。
汽車も街も綺麗。インフォメーションも両替所もガラガラ。観光客は多いのですが、国民性の違い。
スイスの方はちゃんと仕事しています。何事も迅速にことが運ぶようになって、気持ちまで余裕が出てきました。
美しいこの街には絵付けの材料店があり、今日はそこが目的です。そのオーナーはもう亡くなられたので今はやっているのかなので、店名は省略します。
スイスにはチッキという切符を持っていると、荷物だけ先に目的地に運んでくれるシステムがあり、
私たちはニオンに寄りたかったので、荷物だけジュネーブに
ローザンヌ発11時29分 Nyon着11時54分
ニオンはレマン湖の畔にある小さな港町。ジュリアス シーザーが築いた街です。ここにはニオン城という小さなお城があり、ここにニオン焼きという小花の図柄を主とした繊細な柄の陶磁器美術館が
あります。
今夜はジュネーブに泊まります。レマン湖と遠くに見えるアルプスの景色。落ち着いたいい街です。
ジュネーブでは大好きなレースの製品をお買いもの。観光地だけあって物価が高いです。湖のそばのお店は観光客相手の店がおおく、外れると安いお店が見つかります。
ジュネーブからパリにTGVで向かいました。事前に予約して、列車内でフルコースのお食事をしました。11時57分発
パリ リオン駅着15時46分
さすがにパリは人が多いです。Hotel Cayre Copatelに泊まります。
パリのはとバス?観光バスに乗ってベルサイユ宮殿に。宮殿の前が偶然自転車レースのゴールになっていて、大賑わい。
ピンクの大理石のトリアノン宮殿やナポレオンとジョゼフィーヌの別荘だったマルメゾン、なにしろ広大な敷地に大きな建物。絢爛豪華とはここで使う言葉だな~って思いました。
翌日は地下鉄でセーブル陶磁器美術館に行きました。さすが王立窯だけあって作品の素晴らしさに時を忘れます。
1985年8月27日から始まった美術館巡りの旅もいよいよ終わりです。
1か月荷物を持ちながら、沢山の列車に乗った旅は、私には思い出いっぱいの素敵な旅でした。
あれからもう27年。ヨーロッパは歴史に包まれた美しい街並みが多いです。機会があれば是非訪れて見て下さい。
2012年5月4日金曜日
2012年5月3日木曜日
ヨーロッパ陶磁器美術館への旅 3
この旅の話が完結していなくて、なんだか宿題が残っている気分なので、少し間があいてしまいましたが続けますね。
夜行列車で東ドイツのベルリン発22時18分フランクフルト8時45分着。38,2ドル。30分遅れで到着です。
東ドイツにはゆっくり1週間滞在し、特に治安も悪くなかったのですが、なんだかやっぱり暗い空気があり、西側に戻ってホッとしました。
英語が通じる所に戻ったのも、大して話せないにもかかわらず、とっても楽な気分
フランクフルトからロマンチック街道行きのバスに乗りました。
ロマンチック街道は日本人にも人気のコースです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/45466/
ローテンブルグでバスを降り、ホテルを探す予定でした。
ところがバスを降りる時に激しく雨が降っていて、スーツケースを引きずりながらのホテル探しは
なんだか大変そう
そんな時ドイツ人のおばあさんが「地球の歩き方」の本を持って
なにやら宿の斡旋をしていました。
おばあさんはドイツ語しか喋らない。私たちはドイツ語は判らない。
だけど、宿探しも面倒なのでついて行くことにしました。
その本におばあさんの家が民宿として書いてありました。
Pension Kate Mayer 1泊35マルク
おばあさんの家は思ったより大きくて綺麗でした。他にも泊まっている人はいるようです。
夜行列車とバスの旅で疲れていたので、夕食を食べてお風呂に入り早めに寝ることにしました。
私たちの部屋は2階で部屋の隣に浴室があり、寝る時にちょっと不安だったので、廊下につながるドアの鍵をかけて休みました。
疲れていたので爆睡し、朝になりました。
そこで事件が。。。。
おばあさんがなにやら怒って騒いでいます。何を言っているか判りません。朝食付きだったので1階のダイニングに行きました。日本人のご夫婦が泊まっていて、おばあさんが怒っている意味を教えてくれました。
私たちが泊まった部屋の隣にもう一つドアがあり、そこも寝室だったそうで、そこに泊まることになっていた男の子が深夜に帰ってきたら、鍵がかかっていて部屋に入れず、たぶんドアをドンドン叩いたのかもしれませんが、私たちは爆睡していたわけで。。。。。
ホテルではないので、家の間取りも判らないし、ひたすら謝ってご機嫌直して頂きましたが、おかげで美しいローテンブルグの思い出はこの事しか覚えていません。
海外民宿初体験はいやはやとんだ体験になってしまいました。
中世の都市の姿をもっとも完全に残しているところとか、小さな町は観光客で溢れ、日本人も沢山。東ドイツで珍しいものでも見るようにじろじろ観察された日々とは大違いです。ただ、物価が通常に戻っただけなのに、安い価格に慣れてしまっていたので、なんでも高く感じました。
ローテンブルグからまたバスに乗り、ミュンヘンに行きました。
ホテルはアメリカ資本の日本にもあるヒルトンホテルを予約していました。
ここなら安心だろうと思ったのですが。。。
その頃中東で戦争がありました。もう20数年前の旅なので詳しいことは忘れてしまいましたが、ドイツもかかわっていたのか、そのホテルには白いターバンを巻き白い長い服を着た負傷兵が沢山泊まっていたのです。
エレベーターに乗ろうとすると、エレベーターの中に顔を負傷している人や、生々しい傷をおった兵士だらけ。
部屋も壊れている所があり、廊下もなんだか騒がしく荒々しい気配。
1泊で恐ろしくなって、また他のホテルを探すことになりました。
ミュンヘンからバスでノイシュヴァンシュタイン城のあるFussenに行きました。
写真でもよく見る、デェズニーランドのシンデレラ城はこのお城を模したものと言われています。
思っていた以上に山奥で、森と湖がある美しい所でしたが、お城は外観のイメージと違って意外と地味なお城で、フランスのお城のような華やかさはなく、ドイツらしい固い感じのお城でした。
近くでパラセーラーをやっている人をみかけました。
こんな美しい景色を空から見れたら気持ちいいだろうな~と、ちょっぴり羨ましく思いました。
ホーエンシュバンガウ城も見学
行きの飛行機で一緒だった一人旅の女の子と偶然再会しました。
ミュンヘンの駅のそばは治安が悪く、怪しい薬をやっているような人もみかけます。駅の中にホテルがあったので翌日の移動を考えてここに泊まることにしました。Hotel Bundesbahn 148マルク
内部はこじんまりとしていましたが綺麗で、快適でした。
ミュンヘンでは、アルテピナコテークという美術館が素晴らしかったです。
翌日はフィレンツエまで夜行列車で移動です。駅で出発まで待っている間、英語を話す外人さんとお喋りをしたら、なんだか天候が悪く列車が運休になるかもしれないと教えてくれました。
またミュンヘンでホテル探しをしなければならないかと、一瞬不安になりましたが親切な彼が情報収集をしてくれて、列車は出ると教えてくれました。ミュンヘン23時20分発
フィレンツエ9時13分着の予定でしたが、1時間遅れで到着しました。
宿で苦労の連続の西ドイツでした。
列車に乗る時、フィレンツエ行きかと英語で車内の人に尋ねたのですが通じません。何回か言い換えたのですが???
ふと、気が付きました。フィレンツエはイタリア語読みの地名。英語圏の人にはフローレンスなのです。言い換えたらやっと通じました。ベネツエアも英語はベニス。混乱します。国際列車は車両が途中で切り離され違う場所に行ってしまうので、車両のチェックが重要です。
西ドイツから、ユーレイルパスを使い始めたのですが、使用開始の刻印を入れてもらうのを忘れ
列車で仲良くなったブラジル人に通訳してもらい、一安心。
駅でホテルを予約したのですが、長蛇の列、1時間かかりもうぐったりです。
フィレンツエは町中が美術館のよう。歩いて行ける範囲に沢山の教会や美術館・博物館があります。ウフィツイ美術館は有名です。あの頃はそんなに混んでなくゆっくりと見ることが出来ました。
後に爆破事件があり、今は入場も制限をしたり、手荷物検査があり、父と訪れた時は1時間以上並んだのに入ることが出来ませんでした。ハイシーズンに行かれる方は半日は覚悟した方がよさそうです。
私が特に好きになったのは、宝飾店が立ち並ぶベッキオ橋を渡った右側にあるピッティ宮殿内にある数々の美術館・博物館です。特に磁器博物館はイタリアの磁器を知る上で、とても参考になりました。
近くにあるトスカーナ料理のレストランで食べたステーキは300gはありそうな肉の塊でしたが、
美味でした。フィレンツエであさりのパスタを食べようとしたら、ここは海じゃないよと言われてしまいました。イタリア人は食のこだわりが強く、後にイタリアに留学した日本人の方に伺った話では
日本食をこっそり食べていたら、そんなに食べたいなら日本に帰りなさいと大家さんに言われたことがあるそうです。
イタリア料理は日本人にはなじみもあり、美味しいですが、それでも毎日オリーブ油の料理を食べていると、日本のさっぱりしたものが懐かしく思います。
フィレンツエの駅のタクシー乗り場で、赤ん坊を抱いたジプシーの女性にお金をねだられて、そのしつこさにぐったり疲れました。駅のタクシー乗り場はスリも多く油断出来ない場所です。
フィレンツエ発14時30分ベニス着18時45分。30分遅れで到着
ベニスは今までと全く異なるまぶしい太陽と、陽気なイタリア人。ヨーロッパは地続きなのに、国で人柄もすごく変わります。
ベニスは世界中からの観光客であふれていました。迷路のような細い路地を歩くのもウキウキしました。大好きな魚介類の料理も久しぶりで、元気が戻って来たようです。ベネチアガラスで有名なムラノ島やレースのブラノ島、5~9世紀に人口2万人もいたというトルチェッロ島見どころも満載でした。ベニスでも駅から乗った水上バスが途中で全員下ろされたり、スーツケースを持ってホテルに辿り着くまで大変でした。Hotel Monte Carlo
交通は水上バス、水上タクシー、そしてご存じのゴンドラです。車は入れません。世界中から観光客が訪れるだけあって、どこを見ても絵になる景色です。
ここにも軍艦が停泊していて、ベニスの景色には違和感を感じました。
ベニスからまた列車でミラノに向かいました。ベニス発16時10分列車はコンパートメント(個室型で6人用)、偶然日本人の男性と同室になり、英語を話すミラノ在住のイタリア人の男性とよもやま話で盛り上がりました。
ミラノ着18時55分(5分遅れ) イタリアに入ってから列車はいつも予定時間に着きません。
ミラノも日本で予約してあったホテルに泊まりましたが、素敵なホテルでした。Hotel Diana Majestic部屋も30畳くらいの広さで、古い建物で趣があります。テレビをつけたら、日本のアニメ「佐助」をやっていましたが、イタリア語の佐助はなんだか不思議です。
ドゥオモの巨大さに圧倒され、サンタ マリア デッレ グラツイエ教会の「最後の晩餐」を鑑賞
久々にショッピングも満喫。ミラノのマダムの大人の雰囲気にあこがれました。あんな風にお洒落に歳がとれたら素敵だな~と感心したり
ミラノは大都会でイタリアの他の土地と違い、道行く人もきちんとしたビジネスマン風の人が多いです。それまで映画などで見ていたイタリア人のイメージとは随分違うように思いました。ベニスではちょっと油断すると騙されそうでしたが、ミラノはきちんとしていました。
イタリアは食べ物も土地により異なり、日本でも東北や関西では異なりますが、イタリアも土地により人柄も随分異なるように思いました。
今回でこの旅の話は終了にしたかったのですが、また長くなり完結出来ませんでした。続きは又後日にしましょう。
夜行列車で東ドイツのベルリン発22時18分フランクフルト8時45分着。38,2ドル。30分遅れで到着です。
東ドイツにはゆっくり1週間滞在し、特に治安も悪くなかったのですが、なんだかやっぱり暗い空気があり、西側に戻ってホッとしました。
英語が通じる所に戻ったのも、大して話せないにもかかわらず、とっても楽な気分
フランクフルトからロマンチック街道行きのバスに乗りました。
ロマンチック街道は日本人にも人気のコースです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/45466/
ローテンブルグでバスを降り、ホテルを探す予定でした。
ところがバスを降りる時に激しく雨が降っていて、スーツケースを引きずりながらのホテル探しは
なんだか大変そう
そんな時ドイツ人のおばあさんが「地球の歩き方」の本を持って
なにやら宿の斡旋をしていました。
おばあさんはドイツ語しか喋らない。私たちはドイツ語は判らない。
だけど、宿探しも面倒なのでついて行くことにしました。
その本におばあさんの家が民宿として書いてありました。
Pension Kate Mayer 1泊35マルク
おばあさんの家は思ったより大きくて綺麗でした。他にも泊まっている人はいるようです。
夜行列車とバスの旅で疲れていたので、夕食を食べてお風呂に入り早めに寝ることにしました。
私たちの部屋は2階で部屋の隣に浴室があり、寝る時にちょっと不安だったので、廊下につながるドアの鍵をかけて休みました。
疲れていたので爆睡し、朝になりました。
そこで事件が。。。。
おばあさんがなにやら怒って騒いでいます。何を言っているか判りません。朝食付きだったので1階のダイニングに行きました。日本人のご夫婦が泊まっていて、おばあさんが怒っている意味を教えてくれました。
私たちが泊まった部屋の隣にもう一つドアがあり、そこも寝室だったそうで、そこに泊まることになっていた男の子が深夜に帰ってきたら、鍵がかかっていて部屋に入れず、たぶんドアをドンドン叩いたのかもしれませんが、私たちは爆睡していたわけで。。。。。
ホテルではないので、家の間取りも判らないし、ひたすら謝ってご機嫌直して頂きましたが、おかげで美しいローテンブルグの思い出はこの事しか覚えていません。
海外民宿初体験はいやはやとんだ体験になってしまいました。
中世の都市の姿をもっとも完全に残しているところとか、小さな町は観光客で溢れ、日本人も沢山。東ドイツで珍しいものでも見るようにじろじろ観察された日々とは大違いです。ただ、物価が通常に戻っただけなのに、安い価格に慣れてしまっていたので、なんでも高く感じました。
ローテンブルグからまたバスに乗り、ミュンヘンに行きました。
ホテルはアメリカ資本の日本にもあるヒルトンホテルを予約していました。
ここなら安心だろうと思ったのですが。。。
その頃中東で戦争がありました。もう20数年前の旅なので詳しいことは忘れてしまいましたが、ドイツもかかわっていたのか、そのホテルには白いターバンを巻き白い長い服を着た負傷兵が沢山泊まっていたのです。
エレベーターに乗ろうとすると、エレベーターの中に顔を負傷している人や、生々しい傷をおった兵士だらけ。
部屋も壊れている所があり、廊下もなんだか騒がしく荒々しい気配。
1泊で恐ろしくなって、また他のホテルを探すことになりました。
ミュンヘンからバスでノイシュヴァンシュタイン城のあるFussenに行きました。
写真でもよく見る、デェズニーランドのシンデレラ城はこのお城を模したものと言われています。
思っていた以上に山奥で、森と湖がある美しい所でしたが、お城は外観のイメージと違って意外と地味なお城で、フランスのお城のような華やかさはなく、ドイツらしい固い感じのお城でした。
近くでパラセーラーをやっている人をみかけました。
こんな美しい景色を空から見れたら気持ちいいだろうな~と、ちょっぴり羨ましく思いました。
ホーエンシュバンガウ城も見学
行きの飛行機で一緒だった一人旅の女の子と偶然再会しました。
ミュンヘンの駅のそばは治安が悪く、怪しい薬をやっているような人もみかけます。駅の中にホテルがあったので翌日の移動を考えてここに泊まることにしました。Hotel Bundesbahn 148マルク
内部はこじんまりとしていましたが綺麗で、快適でした。
ミュンヘンでは、アルテピナコテークという美術館が素晴らしかったです。
翌日はフィレンツエまで夜行列車で移動です。駅で出発まで待っている間、英語を話す外人さんとお喋りをしたら、なんだか天候が悪く列車が運休になるかもしれないと教えてくれました。
またミュンヘンでホテル探しをしなければならないかと、一瞬不安になりましたが親切な彼が情報収集をしてくれて、列車は出ると教えてくれました。ミュンヘン23時20分発
フィレンツエ9時13分着の予定でしたが、1時間遅れで到着しました。
宿で苦労の連続の西ドイツでした。
列車に乗る時、フィレンツエ行きかと英語で車内の人に尋ねたのですが通じません。何回か言い換えたのですが???
ふと、気が付きました。フィレンツエはイタリア語読みの地名。英語圏の人にはフローレンスなのです。言い換えたらやっと通じました。ベネツエアも英語はベニス。混乱します。国際列車は車両が途中で切り離され違う場所に行ってしまうので、車両のチェックが重要です。
西ドイツから、ユーレイルパスを使い始めたのですが、使用開始の刻印を入れてもらうのを忘れ
列車で仲良くなったブラジル人に通訳してもらい、一安心。
駅でホテルを予約したのですが、長蛇の列、1時間かかりもうぐったりです。
フィレンツエは町中が美術館のよう。歩いて行ける範囲に沢山の教会や美術館・博物館があります。ウフィツイ美術館は有名です。あの頃はそんなに混んでなくゆっくりと見ることが出来ました。
後に爆破事件があり、今は入場も制限をしたり、手荷物検査があり、父と訪れた時は1時間以上並んだのに入ることが出来ませんでした。ハイシーズンに行かれる方は半日は覚悟した方がよさそうです。
私が特に好きになったのは、宝飾店が立ち並ぶベッキオ橋を渡った右側にあるピッティ宮殿内にある数々の美術館・博物館です。特に磁器博物館はイタリアの磁器を知る上で、とても参考になりました。
近くにあるトスカーナ料理のレストランで食べたステーキは300gはありそうな肉の塊でしたが、
美味でした。フィレンツエであさりのパスタを食べようとしたら、ここは海じゃないよと言われてしまいました。イタリア人は食のこだわりが強く、後にイタリアに留学した日本人の方に伺った話では
日本食をこっそり食べていたら、そんなに食べたいなら日本に帰りなさいと大家さんに言われたことがあるそうです。
イタリア料理は日本人にはなじみもあり、美味しいですが、それでも毎日オリーブ油の料理を食べていると、日本のさっぱりしたものが懐かしく思います。
フィレンツエの駅のタクシー乗り場で、赤ん坊を抱いたジプシーの女性にお金をねだられて、そのしつこさにぐったり疲れました。駅のタクシー乗り場はスリも多く油断出来ない場所です。
フィレンツエ発14時30分ベニス着18時45分。30分遅れで到着
ベニスは今までと全く異なるまぶしい太陽と、陽気なイタリア人。ヨーロッパは地続きなのに、国で人柄もすごく変わります。
ベニスは世界中からの観光客であふれていました。迷路のような細い路地を歩くのもウキウキしました。大好きな魚介類の料理も久しぶりで、元気が戻って来たようです。ベネチアガラスで有名なムラノ島やレースのブラノ島、5~9世紀に人口2万人もいたというトルチェッロ島見どころも満載でした。ベニスでも駅から乗った水上バスが途中で全員下ろされたり、スーツケースを持ってホテルに辿り着くまで大変でした。Hotel Monte Carlo
交通は水上バス、水上タクシー、そしてご存じのゴンドラです。車は入れません。世界中から観光客が訪れるだけあって、どこを見ても絵になる景色です。
ここにも軍艦が停泊していて、ベニスの景色には違和感を感じました。
ベニスからまた列車でミラノに向かいました。ベニス発16時10分列車はコンパートメント(個室型で6人用)、偶然日本人の男性と同室になり、英語を話すミラノ在住のイタリア人の男性とよもやま話で盛り上がりました。
ミラノ着18時55分(5分遅れ) イタリアに入ってから列車はいつも予定時間に着きません。
ミラノも日本で予約してあったホテルに泊まりましたが、素敵なホテルでした。Hotel Diana Majestic部屋も30畳くらいの広さで、古い建物で趣があります。テレビをつけたら、日本のアニメ「佐助」をやっていましたが、イタリア語の佐助はなんだか不思議です。
ドゥオモの巨大さに圧倒され、サンタ マリア デッレ グラツイエ教会の「最後の晩餐」を鑑賞
久々にショッピングも満喫。ミラノのマダムの大人の雰囲気にあこがれました。あんな風にお洒落に歳がとれたら素敵だな~と感心したり
ミラノは大都会でイタリアの他の土地と違い、道行く人もきちんとしたビジネスマン風の人が多いです。それまで映画などで見ていたイタリア人のイメージとは随分違うように思いました。ベニスではちょっと油断すると騙されそうでしたが、ミラノはきちんとしていました。
イタリアは食べ物も土地により異なり、日本でも東北や関西では異なりますが、イタリアも土地により人柄も随分異なるように思いました。
今回でこの旅の話は終了にしたかったのですが、また長くなり完結出来ませんでした。続きは又後日にしましょう。
インド料理にチャレンジ
連休も激しい雨になってしまいましたが、皆様の所は大丈夫ですか?
最近ブログを読んで頂いている方々から、楽しみにしてますって嬉しいお言葉を頂き、ありがとうございます。
ブログって初めてみたら、一方通行でこれでいいのかな~なんて、時々心配になったりしています。
なるべく楽しい話題を皆様に提供したいと、心がけていますが。。。
私は偏食家で、食べることにはチャレンジャーになれないのですが、インド料理を食べるお誘いがあり
出かけてみました。
場所は地下鉄の「青山1丁目」駅4番出口を出て、右方向に信号2つめの少し先右手2階にある
「ポンディシェリ」というお店です。
南インド料理
http://r.gnavi.co.jp/a486409/menu7.html
本格的なインド料理は初めてだったので、南も北も区別は出来ませんが、
カレー料理は辛いという印象を持っていましたが、マイルドでした。
インド カレーとイメージすると、ナンと思うのですが、ここではナンも5種類ぐらいあり、他にも
ドーサというクレープや、ブーリーという揚げパンなど、勿論バターライスもありました。
インド大使館のイベントにも参加するお店とかで、5種類のカレーをシェアして頂きましたが、
どれも美味しかったです。
場所がらか、外国人のお客様も多いようです。
デザートに食べたインドのアイスクリームも初めて食べる味、触感でした。
ランチはとてもリーズナブルで、ナンやドーサなど追加無料でした。
ランチタイムはランチメニューだけのようですが、他にもマグロのタンドリーとか食べてみたいメニューがありました。
夜はベリーダンスをやる日もあるようです。
詳しい情報は上記サイトにアクセスしてみて下さいね。
都内では高熱がでる風邪が流行っているようです。皆様お気を付け下さいね。
最近ブログを読んで頂いている方々から、楽しみにしてますって嬉しいお言葉を頂き、ありがとうございます。
ブログって初めてみたら、一方通行でこれでいいのかな~なんて、時々心配になったりしています。
なるべく楽しい話題を皆様に提供したいと、心がけていますが。。。
私は偏食家で、食べることにはチャレンジャーになれないのですが、インド料理を食べるお誘いがあり
出かけてみました。
場所は地下鉄の「青山1丁目」駅4番出口を出て、右方向に信号2つめの少し先右手2階にある
「ポンディシェリ」というお店です。
南インド料理
http://r.gnavi.co.jp/a486409/menu7.html
本格的なインド料理は初めてだったので、南も北も区別は出来ませんが、
カレー料理は辛いという印象を持っていましたが、マイルドでした。
インド カレーとイメージすると、ナンと思うのですが、ここではナンも5種類ぐらいあり、他にも
ドーサというクレープや、ブーリーという揚げパンなど、勿論バターライスもありました。
インド大使館のイベントにも参加するお店とかで、5種類のカレーをシェアして頂きましたが、
どれも美味しかったです。
場所がらか、外国人のお客様も多いようです。
デザートに食べたインドのアイスクリームも初めて食べる味、触感でした。
ランチはとてもリーズナブルで、ナンやドーサなど追加無料でした。
ランチタイムはランチメニューだけのようですが、他にもマグロのタンドリーとか食べてみたいメニューがありました。
夜はベリーダンスをやる日もあるようです。
詳しい情報は上記サイトにアクセスしてみて下さいね。
都内では高熱がでる風邪が流行っているようです。皆様お気を付け下さいね。
2012年4月29日日曜日
蔦屋代官山店 探検
ゴールデンウィークに入りましたね。皆さんは如何お過ごしでしょうか?
私は実家で過ごすことが多かったのですが、今年は東京で過ごしています。
昨日、今日は東京はとてもいいお天気でした。気が付けば山法師の街路樹が満開になっていました。
東北も桜が満開になったようですね。
前にお話しした代官山の「蔦屋書店」に行ってきました。
http://tsite.jp/daikanyama/access/
普通の書店とはかなり異なり、大人の遊び場にはなかなか良さそうです。
3棟の建物からなり、
本は人文、文学、建築、インテリア、デザイン、車・バイク、写真、カメラ・時計、美術、ファッション、旅行、料理、分類されています。
2階は映画(DVD)、音楽(CD)、そして、真ん中の棟の2階はゆったりとしたホテルのラウンジのようなティールームがあり、サンドイッチやお茶をしながら、販売している本が読めるそうです。
本の分類が例えば車やバイクはメーカー別になっていたり、旅の本も国別になっていてお目当ての本が探しやすいです。
周辺には食事が出来るお店があり、スタバーやカメラのライカの店、自転車の店、ミニカーの店、ペットショップなどがあり、ドッグランもありました。駐車場も120台分ありました。
お天気の良い日にお散歩を兼ねて行くと、気持ちの良い空間になっていましたよ。
ここ数年旧山手通り沿いは閑散として、代官山ヒルサイドテラスも空き店舗が目立っていましたが、
平日だったのに、かなりの人の往来がありました。
TUTAYA効果恐るべしです(笑)
営業時間も書店部分は朝7時~深夜2時まで
2階は朝9時~深夜2時まで、無休です。
この近くにコルドンブルーというフランス料理の料理教室がありますが、ここではパンやケーキを買うことが出来ます。ここのクロワッサンは美味しいです。
http://www.cordonbleu.edu/tokyo/cafelaboutique/jp
私は実家で過ごすことが多かったのですが、今年は東京で過ごしています。
昨日、今日は東京はとてもいいお天気でした。気が付けば山法師の街路樹が満開になっていました。
東北も桜が満開になったようですね。
前にお話しした代官山の「蔦屋書店」に行ってきました。
http://tsite.jp/daikanyama/access/
普通の書店とはかなり異なり、大人の遊び場にはなかなか良さそうです。
3棟の建物からなり、
本は人文、文学、建築、インテリア、デザイン、車・バイク、写真、カメラ・時計、美術、ファッション、旅行、料理、分類されています。
2階は映画(DVD)、音楽(CD)、そして、真ん中の棟の2階はゆったりとしたホテルのラウンジのようなティールームがあり、サンドイッチやお茶をしながら、販売している本が読めるそうです。
本の分類が例えば車やバイクはメーカー別になっていたり、旅の本も国別になっていてお目当ての本が探しやすいです。
周辺には食事が出来るお店があり、スタバーやカメラのライカの店、自転車の店、ミニカーの店、ペットショップなどがあり、ドッグランもありました。駐車場も120台分ありました。
お天気の良い日にお散歩を兼ねて行くと、気持ちの良い空間になっていましたよ。
ここ数年旧山手通り沿いは閑散として、代官山ヒルサイドテラスも空き店舗が目立っていましたが、
平日だったのに、かなりの人の往来がありました。
TUTAYA効果恐るべしです(笑)
営業時間も書店部分は朝7時~深夜2時まで
2階は朝9時~深夜2時まで、無休です。
この近くにコルドンブルーというフランス料理の料理教室がありますが、ここではパンやケーキを買うことが出来ます。ここのクロワッサンは美味しいです。
http://www.cordonbleu.edu/tokyo/cafelaboutique/jp
2012年4月19日木曜日
船での催し
記憶が新たなうちに船内のスケージュールについて、お話しますね。
寄港地について観光がある日でも、船内に残って遊べます。
ちょっと疲れて下船したくない人は、麻雀をしたり、プールで泳いだり、ジャグジーを楽しんだり図書室で読書をしています。パソコンルームもありインターネットも出来ます(別料金ですが)
テレビもCSが見れます。
お食事も3食OKです。料金は最初に支払う旅行代金に含まれています。メインダイニングをはじめ、バイキング式のレストランは朝6時から夜11時まで開いてます。予約して利用するレストランもありましたが、いつも満席で利用出来ませんでした。プールサイドにはホットドック・ピザ・ハンバーガーなどの軽食があり、その他数か所にBARやCAFEがあります。
タバコはベランダのある部屋はベランダで。他に8階と3階のデッキとカジノやダンスフロアーのあるBARでOK
エレベーターは先方・中央・後方に3か所各4基ずつありました。
厨房にはエスカレーターがありました。メインダイニングが4階と5階に一部吹き抜けであります。
夕食だけ時間をあらかじめ登録します。早い時間は5時半から、遅い組は7時45分からフルコースの食事が食べられます。
お味噌汁や鱸のおすまし、すき焼きというメニューもありましたが、???でした。
メニューは毎日変わります。前菜・メインなど数種の中から選べます。ベジタリアン用のメニューが必ずあります。
別料金はアルコール飲料、ソフトドリンク(バイキングスタイルのレストランでは無料です)、カジノやエステ、美容室の利用料、船内の買い物(宝石店まであります)、シャンパン試飲会などの特別なイベントの参加料、有料のレストランが今回は1軒ありました。
チップも乗船前に決められた金額を一括で支払ってしまうので、いちいち気にしないで済みます。
毎日お部屋に船内新聞が届き、翌日のイベントや日の出、日没の時間など案内されます。
イベントは参加したいものに、時間にその場所に行けばOK
太極拳やウォーキング、パター大会、チップ大会(どうするのかと思ったら、プールに向かってピンポン玉をピッチングウエッジで的にむかって打つ競技でした)
カジノは国際法があり、陸地から何海里はなれないと営業できません。
麻雀や囲碁、ダンス教室、フラワーアレンジメントの講座、タオルアート、お料理、クラフト教室や
ワイン講座、等‥とても全部は参加出来ないほど、盛り沢山です。
BARではクラッシックの演奏・ピアノの演奏などもあり、劇場では毎晩のようにショーをしています。
勿論これも無料です。今回は専属の方達の他に、ピアニストによるコンサートと沖縄の地元の若者の沖縄芸能のすばらしいショーがありました。
ダンスフロアーが何か所もあり、皆さんよく踊っていました。70歳からご夫婦で社交ダンスを習い始めたという83歳の方、転ばなくなったとダンスを勧められました。
今回はご夫婦で参加の方が多く、私はパートナーがいないのでダンスは残念ながら出来ませんでした。
一日中航海日のイベントプログラムの写真です
寄港地について観光がある日でも、船内に残って遊べます。
ちょっと疲れて下船したくない人は、麻雀をしたり、プールで泳いだり、ジャグジーを楽しんだり図書室で読書をしています。パソコンルームもありインターネットも出来ます(別料金ですが)
テレビもCSが見れます。
お食事も3食OKです。料金は最初に支払う旅行代金に含まれています。メインダイニングをはじめ、バイキング式のレストランは朝6時から夜11時まで開いてます。予約して利用するレストランもありましたが、いつも満席で利用出来ませんでした。プールサイドにはホットドック・ピザ・ハンバーガーなどの軽食があり、その他数か所にBARやCAFEがあります。
タバコはベランダのある部屋はベランダで。他に8階と3階のデッキとカジノやダンスフロアーのあるBARでOK
エレベーターは先方・中央・後方に3か所各4基ずつありました。
厨房にはエスカレーターがありました。メインダイニングが4階と5階に一部吹き抜けであります。
夕食だけ時間をあらかじめ登録します。早い時間は5時半から、遅い組は7時45分からフルコースの食事が食べられます。
お味噌汁や鱸のおすまし、すき焼きというメニューもありましたが、???でした。
メニューは毎日変わります。前菜・メインなど数種の中から選べます。ベジタリアン用のメニューが必ずあります。
別料金はアルコール飲料、ソフトドリンク(バイキングスタイルのレストランでは無料です)、カジノやエステ、美容室の利用料、船内の買い物(宝石店まであります)、シャンパン試飲会などの特別なイベントの参加料、有料のレストランが今回は1軒ありました。
チップも乗船前に決められた金額を一括で支払ってしまうので、いちいち気にしないで済みます。
毎日お部屋に船内新聞が届き、翌日のイベントや日の出、日没の時間など案内されます。
イベントは参加したいものに、時間にその場所に行けばOK
太極拳やウォーキング、パター大会、チップ大会(どうするのかと思ったら、プールに向かってピンポン玉をピッチングウエッジで的にむかって打つ競技でした)
カジノは国際法があり、陸地から何海里はなれないと営業できません。
麻雀や囲碁、ダンス教室、フラワーアレンジメントの講座、タオルアート、お料理、クラフト教室や
ワイン講座、等‥とても全部は参加出来ないほど、盛り沢山です。
BARではクラッシックの演奏・ピアノの演奏などもあり、劇場では毎晩のようにショーをしています。
勿論これも無料です。今回は専属の方達の他に、ピアニストによるコンサートと沖縄の地元の若者の沖縄芸能のすばらしいショーがありました。
ダンスフロアーが何か所もあり、皆さんよく踊っていました。70歳からご夫婦で社交ダンスを習い始めたという83歳の方、転ばなくなったとダンスを勧められました。
今回はご夫婦で参加の方が多く、私はパートナーがいないのでダンスは残念ながら出来ませんでした。
一日中航海日のイベントプログラムの写真です
この船は音楽をテーマにした船とかで船内のあちこちに古いピアノやQueen,Eric Clapton、The Rolling Stonesのサインいりのギターなどが展示されていました。
30か国20言語圏の船員たち、この倍以上の人が働いています。客室係やウエイターはインドネシア・フィリピンの方が多いです。
2012年4月18日水曜日
タオルアート
船で毎晩ベットメーキングをしてくれる時に、ベットの上にチョコレートと、タオルで作った可愛らしい
こんなものが置かれていました。
バスタオルとフェイスタオルを使い、くるくる巻いたり畳んだりして作ります。
毎晩楽しみでした。
タオルアートの講習会もあり、5種類の作り方も教えてもらいました。
これは何かしら。。。と正体不明もありますが、心地よい眠りにつけました。
こんなものが置かれていました。
バスタオルとフェイスタオルを使い、くるくる巻いたり畳んだりして作ります。
毎晩楽しみでした。
タオルアートの講習会もあり、5種類の作り方も教えてもらいました。
これは何かしら。。。と正体不明もありますが、心地よい眠りにつけました。
2012年4月17日火曜日
ザーンダム号で台湾に船旅しました
Holland America Lineの船に乗り、神戸→長崎→台湾 花蓮→高雄→基隆→沖縄 那覇→奄美大島→神戸の旅に行ってきました。
桜が咲き始めた神戸は思ったより寒かったです。乗客1200名。乗船はお昼から始まったのですが
、乗るまで2時間かかりました。先が思いやられる旅の始まりです。
北朝鮮の人工衛星打ち上げ予想日にはその標的のあたりにいる訳だし。。。
不安な旅立ちでした。
19時30分出港
神戸離発着の大型旅客船は初めてのこと
今回は日本の旅行社、主にHISの船旅会社「クルーズ プラネット」が600人の乗客を集めたとか
長崎から乗船できるのも初めてで長崎からも沢山乗って来ました。荷物は宅急便で送ると船室に届いています。飛行機のように重さ制限もなく、帰りも宅急便で送れるので、自分で持たなくて済むのでとても楽です。
船の旅では夕食時のドレスコードという服装の決まりがあります。今回は歓迎パーティーとお別れパーティーの2回だけフォーマルで、あとはスマートカジュアル。まあジーパンやTシャツでなければOK。
フォーマルの基準も男性はタキシード。女性はドレスですがロングの引きずるようなドレスの方や着物の方、さまざまで拝見するのが楽しみでした。私はワンピースにしましたが。。。
四国の外側、太平洋に出てゆっくり九州の南を通り、1日航海して、3日目の朝7時長崎松ヶ枝埠頭到着
長崎の市内観光 桜は満開でしたが、気温が思ったより低く風も強くて、暖かい所に行く、、、イメージがどんどん遠くなってきました。長崎で出国審査
桜が咲き始めた神戸は思ったより寒かったです。乗客1200名。乗船はお昼から始まったのですが
、乗るまで2時間かかりました。先が思いやられる旅の始まりです。
北朝鮮の人工衛星打ち上げ予想日にはその標的のあたりにいる訳だし。。。
不安な旅立ちでした。
19時30分出港
神戸離発着の大型旅客船は初めてのこと
今回は日本の旅行社、主にHISの船旅会社「クルーズ プラネット」が600人の乗客を集めたとか
長崎から乗船できるのも初めてで長崎からも沢山乗って来ました。荷物は宅急便で送ると船室に届いています。飛行機のように重さ制限もなく、帰りも宅急便で送れるので、自分で持たなくて済むのでとても楽です。
船の旅では夕食時のドレスコードという服装の決まりがあります。今回は歓迎パーティーとお別れパーティーの2回だけフォーマルで、あとはスマートカジュアル。まあジーパンやTシャツでなければOK。
フォーマルの基準も男性はタキシード。女性はドレスですがロングの引きずるようなドレスの方や着物の方、さまざまで拝見するのが楽しみでした。私はワンピースにしましたが。。。
四国の外側、太平洋に出てゆっくり九州の南を通り、1日航海して、3日目の朝7時長崎松ヶ枝埠頭到着
長崎の市内観光 桜は満開でしたが、気温が思ったより低く風も強くて、暖かい所に行く、、、イメージがどんどん遠くなってきました。長崎で出国審査
17時に長崎を出港
船内
翌日も一日航海。海が荒れて歩いていてもよろけているよう。震度1~2くらいの揺れ。私は揺れに強いので酔わなかったけれど、ぐったりしている人も結構いたみたい。
5日目 8時台湾 花蓮着 入国審査後、バスにてタロコ渓谷観光しました。一関の近くの厳美と猊鼻渓を足して巨大化したような所。大理石の岩山が19,1キロも続きます。大型バスがすれ違うのもやっとの道を、何キロも走り、トンネルもバスの屋根がぎりぎりの高さ。水はミネラルが多く、魚も住めないほどとか。国立公園になっているので、石は持ち出せませんが砂金も取れるとか。
中国人の観光客も多かったですが、ルールを守らず危険エリアに行くので、ヘルメットをかぶらされていました。天気予報は降水確率60%でしたが、晴れて蒸し暑くなりました。
17時 花蓮出港 翌日 8時高雄到着 高雄は高層ビルも多く大都会でした。港も街の中。急に夏になりました。気温30度。
龍虎塔 春秋閣 蓮池 旗津半島など市内観光をしました。
17時出港 翌朝8時基隆着 台北に近いこの街から私は野柳という岩が海水や風で浸食された国立公園と九分(正しい字は人偏がつきます)という昔鉱山があった町で、宮崎駿夫の千とちひろの舞台となった、亜麻茶楼という店のある坂だらけの所に行きました。
私は宮崎作品は見たことがないので、よく判りませんでしたが、今は廃坑になり人口も6千人ぐらいとか。観光の町になっています。16時出港。
夕食の後、10時からチョコレートパーティーというデザートブッフェがありました。
10時から甘いものかいでしたが、生バンドで大ディスコパーティーに盛り上がりました。
翌日12時に那覇に到着。入国審査がありました。世界遺産の首里城と識名園を観光し、夕方から国際通りを散策。市場で買った伊勢海老を2階のお店で調理してもらいました。調理代500円払うと市場で買ったものを調理してくれます。
23時那覇出港。翌日10時奄美大島着
ずっとお天気に恵まれて、晴れ女の威力を発揮してきたのですが、ここで朝から雨。此処だけはツアーを予約していなかったので、一人で路線バスの旅をしてみました。バスで50分北に行き、奄美パーク、田中一村美術館見学。目の前がサンゴ礁のきれいな海なのに今日は荒れていて、海岸を散策できないのが残念でした。
19時名瀬出港。雨の中、奄美の沢山の方が唄や踊りで船を見送ってくれて感激。
最後にこれぞ船旅という感動を味わいました。
翌日1日航海
盛り沢山の船内のイベントもあり、大忙しの旅でした。午前0時までに荷造りをして廊下に荷物を出します。
翌日7時神戸着
10日間の船旅もあっという間に終わりました。今回は添乗員も沢山乗っていて日本語でOKが多かったし、乗客同士もお食事の時やイベント時にコミュニケーションが沢山とれて
楽しい話も沢山出来ました。
船旅は出航時間に間に合わないと置いて行かれますが、今回も基隆で乗り遅れた人がいて、自力で奄美に飛行機で来たそうです。
平均年齢70歳代。最高齢者100歳とか。皆さんお元気でびっくりしました。
2012年4月4日水曜日
お知らせです
先日ご案内した、一関の猊鼻渓(げいびけい)の放送があります。
4月5日(木曜日)BS朝日(151チャンネル)で22:54~23:00
いにしへ日和「岩手 一関市 猊鼻渓」という番組です。
いつ頃撮影したものか判りませんが、冬は船の中にこたつがセットされています。
渓谷に響きわたる船頭さんの唄は、民謡嫌いな方でも心に響きますよ!
明日は暖かくなりそうですね。
東京は桜が一気に咲きそうです。
お花見楽しんでください。
ブログのタイトルが大きくて目障りなので写真を貼りました。
メコン川クルーズで乗った船 「アマロータス号」です。
4月5日(木曜日)BS朝日(151チャンネル)で22:54~23:00
いにしへ日和「岩手 一関市 猊鼻渓」という番組です。
いつ頃撮影したものか判りませんが、冬は船の中にこたつがセットされています。
渓谷に響きわたる船頭さんの唄は、民謡嫌いな方でも心に響きますよ!
明日は暖かくなりそうですね。
東京は桜が一気に咲きそうです。
お花見楽しんでください。
ブログのタイトルが大きくて目障りなので写真を貼りました。
メコン川クルーズで乗った船 「アマロータス号」です。
2012年4月3日火曜日
HPにガラス作品写真更新しました
東京はやっと桜が咲き始めたというのに、すごい春嵐ですね。
皆さん無事に帰宅出来ましたか?
地球の何かが壊れてしまったように、次々激しい自然災害が起こりますね。
絵付けのページにガラスの作品を追加致しました。ガラスは熱に敏感なので、焼成すると変形してしまうことがあります。
その為にソーダガラスを使い500度から600度の間の低温で焼きます。
今回掲載したガラスの器は、前に平泉をご案内した時にご紹介した、平泉「せき宮」で購入しました。
夏になると、ガラス作家さんの企画をなさっています。
皆さん無事に帰宅出来ましたか?
地球の何かが壊れてしまったように、次々激しい自然災害が起こりますね。
絵付けのページにガラスの作品を追加致しました。ガラスは熱に敏感なので、焼成すると変形してしまうことがあります。
その為にソーダガラスを使い500度から600度の間の低温で焼きます。
今回掲載したガラスの器は、前に平泉をご案内した時にご紹介した、平泉「せき宮」で購入しました。
夏になると、ガラス作家さんの企画をなさっています。
ヨーロッパ陶磁器美術館への旅 2
当時ブタペストからチェコスロバキア経由で東ドイツまでの運賃は8ドルです。
駅員が間違えたのではないかと思いました。
ブタペスト18時50分発夜行列車に乗り、東ドイツのドレスデンに向かいました。飲み物を買い忘れ、車内で買えるだろう(西側圏では、車内に買えるところがあるので)と思っていたら、なかったのです。
飲めないとなるとよけいに飲みたくなります。
深夜にある駅に列車が停まりました。時間から考えるとチェコスロバキアのどこかの駅のよう。。
なんとなく長く停車していそう。アナウンスもないし、日本のように電光掲示もありません。発車を知らせるベルもありません。あくまでも勝手な推測なのですが、構内に灯りが見え,なにやら人がいます。BARみたい。これも推測というか希望的思い込み。で、飛び出して一目散にその場所に走りました。何分停車するかも判らないのでドキドキの大冒険です。
やはり、BARで大勢の男の人がお酒を飲んでいました。とりあえず言葉も通じるか判らないので
これなら判るだろうと「コカコーラが欲しい」と英語で言ってみました。通じました。
ところがドルで払おうとしたら、チェコのお金でないとダメとか。ガ~ン。チェコは列車で通過するだけだったので持っていません。ここで手に握りしめたコーラを返さなければならないのか、がっくりしているとそばにいた男性が払ってくれました。ドルを渡そうとしましたが受け取ってくれませんでした。
もう、嬉しくて何度もお辞儀をしてありったけの感謝のゼスチャーをして、ダッシュで列車に戻りました。
何十年たっても忘れられない思い出です。もちろんそれからは飲み物は確保して乗車しています。
早朝東ドイツに列車が入りました。停車した列車に犬を連れた駅員のような人が入ってきて、棚の荷物を下ろすように指示しました。テリア系のかわいいワンチャン。思わず触ろうとしたら怒られました。入国審査の係官でパスポートとビザをチェックし、犬は麻薬チェック犬で荷物をクンクンお仕事しました。
東ドイツに入り緑の多い見た目にはのどかな景色が続きました。共産圏に行くのは初めて、どう違うのか知識はあっても実感がありません。
日本でビザを取る時に、ホテルも大使館で決められました。先方が提示した中から選べる所もありました。ドレスデンは選べなかったように思います。昔の事なので記憶違いあるかもですが。。。
ドレスデン着9時1分
駅から近い場所にコンクリートの箱型のホテルがありました。ドレスデンの第一印象は色が無いところだな~でした。車もほとんど走っていなく、シーンとした感じです。
ホテルにチェックインする時にパスポートを預けなければなりませんでした。少しずつ西側との違いを感じ始めました。
列車でマイセンに行きました。ドレスデン発10時39分、マイセン着12時15分料金1マルク。レートは1マルク81円です。
マイセンは小さな街ですが山があり川があり、人が生活している気配を感じました。工場はとても広大で、作業見学と陶磁美術館を見ました。
入口でなんと日本語のガイドがあると聞きびっくり。作業工程別に小さな部屋があり、各工程ごとに
デモンストレーションをしていて、部屋に入ると日本語のテープ案内が流れます。
客は私達しかいなかったので、ゆっくり見れました。美術館も素晴らしかったです。
たまたま、マイセンの養成学校の生徒のデッサン展をしていて、レベルの高さに関心しました。
緑の多い景色の美しいこの街には、どこでスケッチしても絵になりそうな所ばかり。羨ましかったです。販売もしていましたが、製品は少なく、ロンドンやウイーンの方が遥かに種類はあったように
思いました。東ドイツに観光に来る人が少ない時代でした。
たまに見かける観光客もソ連の方が多かったです。
ドレスデンに戻り、ホテルに泊まり、翌日はドレスデン市内を見学。ホテルから近いので徒歩で
フラウエン教会に行きました。当時この教会は広島の原爆ドーム同様の姿でした。
まるで第二次大戦から時間が止まっているようです。
街中も建物も閑散としているので、かなり遠くまで見渡せました。観光するにはとても便利。遠くからツヴィンガー宮殿も見えました。こちらも建物が黒ずんていて管理状態があまり良くないようでした。
宮殿内の陶磁器は予想以上に素晴らしく日本や中国から東インド会社を経て輸入した大きな壺など、過去の権力の象徴、磁器一つが兵隊一こ連隊に値したということでしたから、想像を絶します。
ゼンパー美術館内でフィルムを巻き忘れてもたもたしていたら、係りのおばさんに大笑いされました。
ドレスデン城北側城壁にマイセンで作られたタイル2500枚に描かれた「君主の行列」は長さ100mに及ぶ大作。圧巻です。
東西ドイツ統合後に再びドレスデンに訪れましたが、「ドイツの古都」観光地になり、近代的なビルが立ち並びツヴィンガー宮殿もビルに隠れていて、あまりにも変わった姿に驚きました。
初めに行った時はあまりにひっそりとして印象良くなかったのですが、大都会にになってしまってからは、妙にあの昔の景色が恋しく思います。
ドレスデン15時56分発東ベルリン着18時8分着列車で行きました。17,4マルクでした。ベルリンのホテルは当時「チェックポイント チャーリー」と呼ばれる東ベルリンの国際列車駅Friedrichの近くでした。5星クラスの立派なホテル。Metropol。ここでもパスポートは没収。ドレスデンより街ははるかに大きいのですが、暗い雰囲気はさらに増していました。
国内線の駅からホテルまでかなりの距離をタクシーに乗りましたが、料金は安く、なにより滑走路のように幅広い道にほとんど車が走っていません。いる車もやっと動いているというスピードです。
遠くを走っている車が近づくのに随分時間がかかります。信号もあまりなかったです。車が少ないし、歩いている人も少ないので信号は必要ないようでした。
ウンターデン・リンデン通り、戦前は目貫通りだったそうですが、店もあまりなく、ソ連大使館の門番や鹿島建設のヘルメットを被った方に尋ねて、やっとたどり着いたマイセンショップも改装中で閉まっていました。
食事をする所もなくホテル内のレストランで食事しました。驚いたことにこのレストランには日本語の立派なメニューがありました。ここでは、背広姿の日本人の男性に何人か会いました。お話したら、建設関係の仕事で長期出張でいる方で、「わざわざこんな所になんで来たの?」と聞かれました。ホテルの中に免税ショップがありましたが、そこで売られていたものは西側の洗剤や運動靴など日用品です。ドルでしか買い物は出来ないのですが、誰が買うのかと思いました。
考えてみれば壁のそばだったので、現地の人は逃亡者と思われるから近づかないだろうし、そんな所に店もないはずですね。
ホテルで両替をしたら、1万円だけで十分だといわれました。これから、ベルリンオペラ座でオペラも見たいし、ポツダムにも泊まる予定だったので、心配でしたが大丈夫だというので従いました。
交通費や街での飲食以外は観光客が買い物するような店もなく、観光客が利用するホテルなどはドル払いでした。オペラの切符を取って貰いました。3000円ちょっとだったと思います。
舞台に近い真ん中のいい席でした。オペラ座で東ドイツに来て初めて沢山の人に会いました。
ホテルの中にアンティークの小さな店がありました。品数は少ないですが品質の良いものがあり、
電気スタンドの笠の部分も薄い磁器で透かし柄が入った物がありました。欲しかったのですがまだまだ道中は長く持ち歩けません。送れないか尋ねると、着かない恐れがあるのでやめた方が良いと
アドバイスしてくれました。この店の女性店員はとても上品な優しい方でした。後に郵便を出す時も助けてくれました。
ベルリンの壁・ブランデンブルグ門・など散策しました。
塀のそばには機関銃を持った兵士がいて、一般人はほとんどいません。
ベルガモン博物館に行きました。まるでギリシャにいるのかと錯覚するほどの展示品(建造物の一部)。ここでギリシャを体験するとは思いませんでした。大英博物館よりすごいかも。。。
列車でポツダムに行きました。ベルリン発12時55分。ポツダム着14時10分。0,7マルク
ホテルはポツダム宣言がなされたツェツィーリエンホーフ宮殿がホテルになっていてここに泊まることが出来ました。駅からタクシーがなく、トラムを乗り継いで行きました。敷地内は森のようで門を入ってから何十分歩いたかしら。敷地内には軍事博物館もありました。
Schloss Cecilienhof 私たちの他はロシア人の団体が泊まっているだけです。夏なのに寒くて暖房を入れてほしいと頼みましたが、案の定却下されました。176室もあり、その2階がホテルになっていました。
サンスーシー公園とサンスーシー宮殿を見学に行きました。好きな女優ロミーシュナイダーが主演した映画で「サンスーシーの女」という映画を見てから、サンスーシーに行ってみたいと思っていました。
この公園も何ヘクタールあるのかこの公園と宮殿を見るだけで一日かかりました。森のような公園にいくつかの建物が点在していますが、広すぎて見つけるのも大変でした。東洋を意識した東屋・中国茶亭など東洋の磁器が飾られていました。
宮殿はこの公園の奥にありました。途中にお茶飲める建物があり休憩しました。ここは若者のデートコースらしく、軍服を着た青年と女性のカップルを見かけました。喫茶店は外国人がいない風で、特に東洋人は珍しいらしくじろじろ観察されました。
ポツダムの街はこの二つの宮殿で出来ているといっても過言でないほどの広さでした。
タクシーもお茶も現地の人が利用する所は物価が安く、何十円・何百円の世界。1万円で十分が理解できました。
約1週間の東ドイツの旅を終え、東ベルリン駅からフランクフルトに向かいます。
チェックポイント・チャーリーは聞きしに勝る厳重体制一人一人が電話ボックスのような狭い所に入り出国の審査を受けます。
夜行列車なので指定席をとったのですが、ホームに出ると機関銃を持つ兵士が何人もいて、目指す車両に行かせてくれません。意味不明のまま仕方なく乗れる処に乗り込みました。
発車してすぐに隣駅に停まりました。西ベルリンです。
この駅でやっと行動が自由になり、指定の席に移動出来ました。
久々の西側の空気。ホッとして力が抜けました。
駅員が間違えたのではないかと思いました。
ブタペスト18時50分発夜行列車に乗り、東ドイツのドレスデンに向かいました。飲み物を買い忘れ、車内で買えるだろう(西側圏では、車内に買えるところがあるので)と思っていたら、なかったのです。
飲めないとなるとよけいに飲みたくなります。
深夜にある駅に列車が停まりました。時間から考えるとチェコスロバキアのどこかの駅のよう。。
なんとなく長く停車していそう。アナウンスもないし、日本のように電光掲示もありません。発車を知らせるベルもありません。あくまでも勝手な推測なのですが、構内に灯りが見え,なにやら人がいます。BARみたい。これも推測というか希望的思い込み。で、飛び出して一目散にその場所に走りました。何分停車するかも判らないのでドキドキの大冒険です。
やはり、BARで大勢の男の人がお酒を飲んでいました。とりあえず言葉も通じるか判らないので
これなら判るだろうと「コカコーラが欲しい」と英語で言ってみました。通じました。
ところがドルで払おうとしたら、チェコのお金でないとダメとか。ガ~ン。チェコは列車で通過するだけだったので持っていません。ここで手に握りしめたコーラを返さなければならないのか、がっくりしているとそばにいた男性が払ってくれました。ドルを渡そうとしましたが受け取ってくれませんでした。
もう、嬉しくて何度もお辞儀をしてありったけの感謝のゼスチャーをして、ダッシュで列車に戻りました。
何十年たっても忘れられない思い出です。もちろんそれからは飲み物は確保して乗車しています。
早朝東ドイツに列車が入りました。停車した列車に犬を連れた駅員のような人が入ってきて、棚の荷物を下ろすように指示しました。テリア系のかわいいワンチャン。思わず触ろうとしたら怒られました。入国審査の係官でパスポートとビザをチェックし、犬は麻薬チェック犬で荷物をクンクンお仕事しました。
東ドイツに入り緑の多い見た目にはのどかな景色が続きました。共産圏に行くのは初めて、どう違うのか知識はあっても実感がありません。
日本でビザを取る時に、ホテルも大使館で決められました。先方が提示した中から選べる所もありました。ドレスデンは選べなかったように思います。昔の事なので記憶違いあるかもですが。。。
ドレスデン着9時1分
駅から近い場所にコンクリートの箱型のホテルがありました。ドレスデンの第一印象は色が無いところだな~でした。車もほとんど走っていなく、シーンとした感じです。
ホテルにチェックインする時にパスポートを預けなければなりませんでした。少しずつ西側との違いを感じ始めました。
列車でマイセンに行きました。ドレスデン発10時39分、マイセン着12時15分料金1マルク。レートは1マルク81円です。
マイセンは小さな街ですが山があり川があり、人が生活している気配を感じました。工場はとても広大で、作業見学と陶磁美術館を見ました。
入口でなんと日本語のガイドがあると聞きびっくり。作業工程別に小さな部屋があり、各工程ごとに
デモンストレーションをしていて、部屋に入ると日本語のテープ案内が流れます。
客は私達しかいなかったので、ゆっくり見れました。美術館も素晴らしかったです。
たまたま、マイセンの養成学校の生徒のデッサン展をしていて、レベルの高さに関心しました。
緑の多い景色の美しいこの街には、どこでスケッチしても絵になりそうな所ばかり。羨ましかったです。販売もしていましたが、製品は少なく、ロンドンやウイーンの方が遥かに種類はあったように
思いました。東ドイツに観光に来る人が少ない時代でした。
たまに見かける観光客もソ連の方が多かったです。
ドレスデンに戻り、ホテルに泊まり、翌日はドレスデン市内を見学。ホテルから近いので徒歩で
フラウエン教会に行きました。当時この教会は広島の原爆ドーム同様の姿でした。
まるで第二次大戦から時間が止まっているようです。
街中も建物も閑散としているので、かなり遠くまで見渡せました。観光するにはとても便利。遠くからツヴィンガー宮殿も見えました。こちらも建物が黒ずんていて管理状態があまり良くないようでした。
宮殿内の陶磁器は予想以上に素晴らしく日本や中国から東インド会社を経て輸入した大きな壺など、過去の権力の象徴、磁器一つが兵隊一こ連隊に値したということでしたから、想像を絶します。
ゼンパー美術館内でフィルムを巻き忘れてもたもたしていたら、係りのおばさんに大笑いされました。
ドレスデン城北側城壁にマイセンで作られたタイル2500枚に描かれた「君主の行列」は長さ100mに及ぶ大作。圧巻です。
東西ドイツ統合後に再びドレスデンに訪れましたが、「ドイツの古都」観光地になり、近代的なビルが立ち並びツヴィンガー宮殿もビルに隠れていて、あまりにも変わった姿に驚きました。
初めに行った時はあまりにひっそりとして印象良くなかったのですが、大都会にになってしまってからは、妙にあの昔の景色が恋しく思います。
ドレスデン15時56分発東ベルリン着18時8分着列車で行きました。17,4マルクでした。ベルリンのホテルは当時「チェックポイント チャーリー」と呼ばれる東ベルリンの国際列車駅Friedrichの近くでした。5星クラスの立派なホテル。Metropol。ここでもパスポートは没収。ドレスデンより街ははるかに大きいのですが、暗い雰囲気はさらに増していました。
国内線の駅からホテルまでかなりの距離をタクシーに乗りましたが、料金は安く、なにより滑走路のように幅広い道にほとんど車が走っていません。いる車もやっと動いているというスピードです。
遠くを走っている車が近づくのに随分時間がかかります。信号もあまりなかったです。車が少ないし、歩いている人も少ないので信号は必要ないようでした。
ウンターデン・リンデン通り、戦前は目貫通りだったそうですが、店もあまりなく、ソ連大使館の門番や鹿島建設のヘルメットを被った方に尋ねて、やっとたどり着いたマイセンショップも改装中で閉まっていました。
食事をする所もなくホテル内のレストランで食事しました。驚いたことにこのレストランには日本語の立派なメニューがありました。ここでは、背広姿の日本人の男性に何人か会いました。お話したら、建設関係の仕事で長期出張でいる方で、「わざわざこんな所になんで来たの?」と聞かれました。ホテルの中に免税ショップがありましたが、そこで売られていたものは西側の洗剤や運動靴など日用品です。ドルでしか買い物は出来ないのですが、誰が買うのかと思いました。
考えてみれば壁のそばだったので、現地の人は逃亡者と思われるから近づかないだろうし、そんな所に店もないはずですね。
ホテルで両替をしたら、1万円だけで十分だといわれました。これから、ベルリンオペラ座でオペラも見たいし、ポツダムにも泊まる予定だったので、心配でしたが大丈夫だというので従いました。
交通費や街での飲食以外は観光客が買い物するような店もなく、観光客が利用するホテルなどはドル払いでした。オペラの切符を取って貰いました。3000円ちょっとだったと思います。
舞台に近い真ん中のいい席でした。オペラ座で東ドイツに来て初めて沢山の人に会いました。
ホテルの中にアンティークの小さな店がありました。品数は少ないですが品質の良いものがあり、
電気スタンドの笠の部分も薄い磁器で透かし柄が入った物がありました。欲しかったのですがまだまだ道中は長く持ち歩けません。送れないか尋ねると、着かない恐れがあるのでやめた方が良いと
アドバイスしてくれました。この店の女性店員はとても上品な優しい方でした。後に郵便を出す時も助けてくれました。
ベルリンの壁・ブランデンブルグ門・など散策しました。
塀のそばには機関銃を持った兵士がいて、一般人はほとんどいません。
ベルガモン博物館に行きました。まるでギリシャにいるのかと錯覚するほどの展示品(建造物の一部)。ここでギリシャを体験するとは思いませんでした。大英博物館よりすごいかも。。。
列車でポツダムに行きました。ベルリン発12時55分。ポツダム着14時10分。0,7マルク
ホテルはポツダム宣言がなされたツェツィーリエンホーフ宮殿がホテルになっていてここに泊まることが出来ました。駅からタクシーがなく、トラムを乗り継いで行きました。敷地内は森のようで門を入ってから何十分歩いたかしら。敷地内には軍事博物館もありました。
Schloss Cecilienhof 私たちの他はロシア人の団体が泊まっているだけです。夏なのに寒くて暖房を入れてほしいと頼みましたが、案の定却下されました。176室もあり、その2階がホテルになっていました。
サンスーシー公園とサンスーシー宮殿を見学に行きました。好きな女優ロミーシュナイダーが主演した映画で「サンスーシーの女」という映画を見てから、サンスーシーに行ってみたいと思っていました。
この公園も何ヘクタールあるのかこの公園と宮殿を見るだけで一日かかりました。森のような公園にいくつかの建物が点在していますが、広すぎて見つけるのも大変でした。東洋を意識した東屋・中国茶亭など東洋の磁器が飾られていました。
宮殿はこの公園の奥にありました。途中にお茶飲める建物があり休憩しました。ここは若者のデートコースらしく、軍服を着た青年と女性のカップルを見かけました。喫茶店は外国人がいない風で、特に東洋人は珍しいらしくじろじろ観察されました。
ポツダムの街はこの二つの宮殿で出来ているといっても過言でないほどの広さでした。
タクシーもお茶も現地の人が利用する所は物価が安く、何十円・何百円の世界。1万円で十分が理解できました。
約1週間の東ドイツの旅を終え、東ベルリン駅からフランクフルトに向かいます。
チェックポイント・チャーリーは聞きしに勝る厳重体制一人一人が電話ボックスのような狭い所に入り出国の審査を受けます。
夜行列車なので指定席をとったのですが、ホームに出ると機関銃を持つ兵士が何人もいて、目指す車両に行かせてくれません。意味不明のまま仕方なく乗れる処に乗り込みました。
発車してすぐに隣駅に停まりました。西ベルリンです。
この駅でやっと行動が自由になり、指定の席に移動出来ました。
久々の西側の空気。ホッとして力が抜けました。
2012年4月2日月曜日
気仙沼からの便り
気仙沼の中村さんから今週も「つなぎの会」報告がありましたので、ご紹介しますね。
皆様お久しぶりです。お変わりありませんか?4月を迎え それぞれ色々な変化がある時期ですね
さて がんばりっこ人形の売り上げの報告をさせていただきます。これまで 茅ヶ崎 東京 気仙沼(マルシェ,美容室ウェル) 登米市など イベントやお店で売って頂き また 寄付も複数名の方々から いただいて なんと!11万円を越える総額になりました!すごーい!ありがたい!
つなぎの会 スタッフで話しあった結果 これまでかかった材料費とこれからかかる材料費を差し引いて まだまだ 支援金が必要な「復興マルシェ」と 昨年 園舎が流されてしまった保育園「おひさま」に 3分の一ずつ そして がんばりっこ人形を作ってくれた被災された方々に残りの3分の一を頭割にすることにしました!
被災額の大きさからいえば まだまだでは あるかも知れませんが 皆様に込めて頂いた あたたかな思いが 何より尊く きっと伝わっていくと思います!
がんばりっこ人形の発端は気仙沼にわざわざ茅ヶ崎のつなぎの会の方々が羊毛のワークショップに来てくださったことから始まりました。
その中にあった人形を「がんばりっこ人形」と柳さんが命名し,羊毛のお店,個人の方からも沢山の羊毛を寄付して頂き,気仙沼のつなぎの学校会と茅ヶ崎の会双方で人形を作り続けていただきました。また土曜は来れないけど家でならと羊毛を持って帰って作ってくれた方々も沢山いました。
そしてがんばりっこ人形撮影会が開かれポストカードにもなりました!イベントに足を運び準備して,たくさんの協力の結果ですね。寄付の中には断食をして毎月送って下さった方もいました!本当に 沢山の皆様方に感謝です。本当に本当にありがとうございます。
そしてもう一つ私事ですが 実は4月から半年間 仕事の研修で仙台に行くことになりました。
まだ研修がどんなものだか 見通しがついていないのですが つなぎの学校もできるだけ 続けていきたいと思っています。
気仙沼の最近の様子は?と聞かれると復興は進んでいるところもあるのでしょうが目に見えてめきめきと進んでいるとは言えない状態です。それに伴って心身の疲れが限界を越えているような気がしています。
気仙沼から離れてみて思うことですが震災はあまりに非日常すぎているのに気仙沼では日常のことで それゆえ中にいると周囲と比べて「私の被災は大したことない」と思い込み 周囲も休まず頑張っているので頑張り緊張がずっと続いていると思います。
やはり うつの人や円形脱毛症,今ごろになって津波の夢をみはじめるなど私の聞く範囲でも様々な不調が起こっています。阪神大震災のときは3年目が一番大変だったと聞きます。物質もそうですが心身の支えがまだまだ必要だと感じています!
まずは元気が大事!自分が元気でいることが 他の人への支えになりますね!私も新しい環境の中 元気でいられるように 気をつけていきたいと思っています。皆様もどうぞお元気で!ありがとうございました
2012年3月29日木曜日
ヨーロッパ陶磁器美術館への旅
もう30年近く前ですが、絵付けの勉強のためにヨーロッパの陶磁器を見に行きたいと思いました。
陶磁器の美術館はどの国もほとんどが陶磁器を作っている工場にあります。当時は情報を得ることが難しく、まずは各国の大使館に問い合わせ、観光局に出向き情報を集めました。
観光局でも判らない所は、日本で販売している代理店に問い合わせて教えて頂きました。
往復の航空券と初日と最終日のホテル付、ヨーロッパ内1回だけ利用できる航空券付、あとは自由に自分で行きたい所に行けるという期間1か月のパックで、従妹と二人で出かけました。成田からアンカレッジ経由パリで乗り換えてLondonへ
イギリス、ロンドンからスタートです。ビクトリアアルバート美術館は工芸品の宝庫、1週間くらい通いたかったです。ロンドンに住んだことがある友人情報で、陶磁器のショップにも行きました。このお店はチェーン店になっていてヨーロッパ中の名窯の商品を扱っていました。
思いきってヘレンドのティーセットを購入。在庫が無いということで後日、日本に送ってくれることになりました。
ホテルは初日しか決まっていないので、ハロッズデパート内観光案内所に行きホテル探しをしました。ハロッズデパートの近くにB&Bが見つかりました。B&Bとはホテルと民宿の間のようなベッドと朝食付きのホテルです。knightbridgeのBeaufat Gardens Hotel
綺麗で場所も便利な所、出足は上々です。ハロッズの食器売り場も素敵な磁器がいっぱいありました。
ハロッズはお金持ちの顧客がリムジンで乗り付ける入口があり、お付の人を伴ったアラブ系のお金持ちをみかけました。日本ではない光景でした。
ハイドパークのピーターパン像やケンジントン宮殿を見に行きました。
飛行機でオーストリアのウイーンへ
空港内の案内所でシュテファン大聖堂脇のホテルHotel am Stephansplatsを予約し街へ。
小さなホテルは素敵とは言い難かったですが、なにしろ1か月の旅、贅沢は言えません。2泊しました。地下鉄のすぐ脇で大聖堂の隣なので迷子にならず、場所の便利さ優先です。ホテルを出るとすぐそばにアウガルテンの店がありました。近くにも何軒も陶磁器の店があり、価格も日本に比べたら安いし、マイセン、ヘレンド等‥ヨーロッパの名窯の物が揃っています。
Graben Singer Straβe この通りは夕方になると音楽家を目指す若者が演奏をしています。
ウイーン国立歌劇場そばにあるホーフブルク宮殿内の陶磁器美術館に行きました。
ヨーロッパの美術館は有料または無料で写真が撮れるところが多いです。受付で確認し写真を撮ることに。まだアナログ時代でしたから、重い一眼レフのカメラを持参、フラッシュはほとんどが禁止です。係りの人が親切に薄暗い室内で撮れるか聞きに来てくれました。
オペラ座内部見学ツアーに参加しました。奥行きの深い舞台、様々な仕掛け、初めて見るオペラの裏側は圧倒されました。
空港の案内所に忘れ物をし、取りに行くアクシデントがありました。
ベルヴェデーレ宮殿に行きたいのに、電車の乗り換えがよく判らず何故かふりだしに戻ってしまうを繰り返しました。仕方なくホームにいたお爺さんに英語で尋ねましたが、英語はダメみたい。通じたのは私達が日本人ということだけ。なんだか戦争時代を思い出したようで、物思いにふけってしまい。。。ようやく乗り換えの場所がちょっと離れたところだと判り、あーあの時は本当に疲れた!
翌日はシェーンブルン宮殿に。ホテルもこの近くに移動。ParkHotel Schoenbrunn
ラッキーなことにここのホテルは豪華!ハイシーズンでなかったので安く泊まれたようでした。
シェーンブルン宮殿の広い事!!!宮殿まで辿り着くまでもかなり歩きました。庭園とは言えない広さ。宮殿も豪華でした。
ウイーンは見どころも多く、食事も美味しかったです。もちろんザッハトルテ(チョコレートケーキ)も食べました。ベートーベンの家も何か所もあり出かけました。
次は列車でハンガリーへ。ブタペストの駅の案内所でホテルを予約しようとしたら、長い列。かなりの時間待ちましたが、ヘレンドに行く列車の時間になり、スーツケースを持ったまま、宿も決まらず列車に乗りました。車中で同席になったハンガリーの女性が英語で話しかけて来て、ヘレンドの美術館に行くと話すと、「今日は休みよ」。。。。ええ~代理店の社長さんがすごく親切にいろいろ教えて下さり、しっかり調査済のはずだったのに
相手も気の毒に思ったのか調べて来たなら、今日はやっているのかもと言ってくれたのですが、
休館日でした。大ショック
ヘレンドはヘレンドの工場以外はお店も数軒しかなく、コインロッカーもない。荷物は
駅員さんに頼んで預かってもらい、ブタペストに戻る列車までの数時間、唯一といえそうなバール
(軽食店)で待機することに。3時か4時ころにはヘレンドの工場の人が退社し始め、バールも徐々に
近所の人のたまり場になり、周りで子供たちが遊んでいます。美術館は見れなかったけれど、街の人の生活を垣間見れてのんびりとした時間を過ごせました。当時はまだ東洋人がヘレンドに訪れることも少なかったようで珍しいものを見る視線はちょっと気恥ずかしかったですが。
ブタペストに戻ったのは深夜近く。案内所も閉まっています。ホテルを探すのが大変。タクシーに乗りホテルが沢山あるエリアまで行き、1軒1軒空きがあるか尋ねたのですが無。様子で言葉が通じなかったタクシーの運転手さんが身振り手振りでなにやらホテルに連れて行ってくれるとか。
こうなったら、頼るしかなくお願いすることに。不安いっぱいです。
大きなホテルの前に車が泊まり、歩いてついて来いと。ところが彼は入口に入らずにどんどん裏の方に歩き出すのです。従妹に荷物を見張っていてもらい一人付いて行くことに。
不安マックス状態。少し離れて付いていくとホテルの裏口と思われる所を彼は入って行きました。道路で待っていると、調理人のような人と運転手さんが出てきて空室あると。全てゼスチャー会話(トホホです)
やっと正面の入口からホテルに入り、泊まれることになりました。全くひどい日でしたが、ホテルはクラシックな雰囲気のあるお部屋で、ホテルの裏には生演奏が聴けるハンガリーらしいレストランがあり、ここでやっと美味しい食事にありつけました。
タクシーの運転手さんが指揮者の小林を知っているかと尋ねました。小林研一郎さんが当時ハンガリーにいたのです。
翌日は現地のツアーを予約し、ロシア語なまりの英語のガイドでツアーに参加し、ブタペストの観光をしました。コンチネンタルホテルから眺める景色は今でも忘れられない美しさでした。
次は夜行列車で東ドイツのドレスデンに向かいます。続きは次回に
陶磁器の美術館はどの国もほとんどが陶磁器を作っている工場にあります。当時は情報を得ることが難しく、まずは各国の大使館に問い合わせ、観光局に出向き情報を集めました。
観光局でも判らない所は、日本で販売している代理店に問い合わせて教えて頂きました。
往復の航空券と初日と最終日のホテル付、ヨーロッパ内1回だけ利用できる航空券付、あとは自由に自分で行きたい所に行けるという期間1か月のパックで、従妹と二人で出かけました。成田からアンカレッジ経由パリで乗り換えてLondonへ
イギリス、ロンドンからスタートです。ビクトリアアルバート美術館は工芸品の宝庫、1週間くらい通いたかったです。ロンドンに住んだことがある友人情報で、陶磁器のショップにも行きました。このお店はチェーン店になっていてヨーロッパ中の名窯の商品を扱っていました。
思いきってヘレンドのティーセットを購入。在庫が無いということで後日、日本に送ってくれることになりました。
ホテルは初日しか決まっていないので、ハロッズデパート内観光案内所に行きホテル探しをしました。ハロッズデパートの近くにB&Bが見つかりました。B&Bとはホテルと民宿の間のようなベッドと朝食付きのホテルです。knightbridgeのBeaufat Gardens Hotel
綺麗で場所も便利な所、出足は上々です。ハロッズの食器売り場も素敵な磁器がいっぱいありました。
ハロッズはお金持ちの顧客がリムジンで乗り付ける入口があり、お付の人を伴ったアラブ系のお金持ちをみかけました。日本ではない光景でした。
ハイドパークのピーターパン像やケンジントン宮殿を見に行きました。
飛行機でオーストリアのウイーンへ
空港内の案内所でシュテファン大聖堂脇のホテルHotel am Stephansplatsを予約し街へ。
小さなホテルは素敵とは言い難かったですが、なにしろ1か月の旅、贅沢は言えません。2泊しました。地下鉄のすぐ脇で大聖堂の隣なので迷子にならず、場所の便利さ優先です。ホテルを出るとすぐそばにアウガルテンの店がありました。近くにも何軒も陶磁器の店があり、価格も日本に比べたら安いし、マイセン、ヘレンド等‥ヨーロッパの名窯の物が揃っています。
Graben Singer Straβe この通りは夕方になると音楽家を目指す若者が演奏をしています。
ウイーン国立歌劇場そばにあるホーフブルク宮殿内の陶磁器美術館に行きました。
ヨーロッパの美術館は有料または無料で写真が撮れるところが多いです。受付で確認し写真を撮ることに。まだアナログ時代でしたから、重い一眼レフのカメラを持参、フラッシュはほとんどが禁止です。係りの人が親切に薄暗い室内で撮れるか聞きに来てくれました。
オペラ座内部見学ツアーに参加しました。奥行きの深い舞台、様々な仕掛け、初めて見るオペラの裏側は圧倒されました。
空港の案内所に忘れ物をし、取りに行くアクシデントがありました。
ベルヴェデーレ宮殿に行きたいのに、電車の乗り換えがよく判らず何故かふりだしに戻ってしまうを繰り返しました。仕方なくホームにいたお爺さんに英語で尋ねましたが、英語はダメみたい。通じたのは私達が日本人ということだけ。なんだか戦争時代を思い出したようで、物思いにふけってしまい。。。ようやく乗り換えの場所がちょっと離れたところだと判り、あーあの時は本当に疲れた!
翌日はシェーンブルン宮殿に。ホテルもこの近くに移動。ParkHotel Schoenbrunn
ラッキーなことにここのホテルは豪華!ハイシーズンでなかったので安く泊まれたようでした。
シェーンブルン宮殿の広い事!!!宮殿まで辿り着くまでもかなり歩きました。庭園とは言えない広さ。宮殿も豪華でした。
ウイーンは見どころも多く、食事も美味しかったです。もちろんザッハトルテ(チョコレートケーキ)も食べました。ベートーベンの家も何か所もあり出かけました。
次は列車でハンガリーへ。ブタペストの駅の案内所でホテルを予約しようとしたら、長い列。かなりの時間待ちましたが、ヘレンドに行く列車の時間になり、スーツケースを持ったまま、宿も決まらず列車に乗りました。車中で同席になったハンガリーの女性が英語で話しかけて来て、ヘレンドの美術館に行くと話すと、「今日は休みよ」。。。。ええ~代理店の社長さんがすごく親切にいろいろ教えて下さり、しっかり調査済のはずだったのに
相手も気の毒に思ったのか調べて来たなら、今日はやっているのかもと言ってくれたのですが、
休館日でした。大ショック
ヘレンドはヘレンドの工場以外はお店も数軒しかなく、コインロッカーもない。荷物は
駅員さんに頼んで預かってもらい、ブタペストに戻る列車までの数時間、唯一といえそうなバール
(軽食店)で待機することに。3時か4時ころにはヘレンドの工場の人が退社し始め、バールも徐々に
近所の人のたまり場になり、周りで子供たちが遊んでいます。美術館は見れなかったけれど、街の人の生活を垣間見れてのんびりとした時間を過ごせました。当時はまだ東洋人がヘレンドに訪れることも少なかったようで珍しいものを見る視線はちょっと気恥ずかしかったですが。
ブタペストに戻ったのは深夜近く。案内所も閉まっています。ホテルを探すのが大変。タクシーに乗りホテルが沢山あるエリアまで行き、1軒1軒空きがあるか尋ねたのですが無。様子で言葉が通じなかったタクシーの運転手さんが身振り手振りでなにやらホテルに連れて行ってくれるとか。
こうなったら、頼るしかなくお願いすることに。不安いっぱいです。
大きなホテルの前に車が泊まり、歩いてついて来いと。ところが彼は入口に入らずにどんどん裏の方に歩き出すのです。従妹に荷物を見張っていてもらい一人付いて行くことに。
不安マックス状態。少し離れて付いていくとホテルの裏口と思われる所を彼は入って行きました。道路で待っていると、調理人のような人と運転手さんが出てきて空室あると。全てゼスチャー会話(トホホです)
やっと正面の入口からホテルに入り、泊まれることになりました。全くひどい日でしたが、ホテルはクラシックな雰囲気のあるお部屋で、ホテルの裏には生演奏が聴けるハンガリーらしいレストランがあり、ここでやっと美味しい食事にありつけました。
タクシーの運転手さんが指揮者の小林を知っているかと尋ねました。小林研一郎さんが当時ハンガリーにいたのです。
翌日は現地のツアーを予約し、ロシア語なまりの英語のガイドでツアーに参加し、ブタペストの観光をしました。コンチネンタルホテルから眺める景色は今でも忘れられない美しさでした。
次は夜行列車で東ドイツのドレスデンに向かいます。続きは次回に
メールボックス設置しました
ホームページの本の紹介ページにある「お問い合わせフォーム」にメッセージ下さった皆様ありがとうございました。今日やっと拝見しました。実はどうやったら見れるのか知らなかったのです。
大変失礼しました。
そこで、ブログのページにメールボックスを設けました。
mail boxの絵の上をクリックすると、ご自分のメールソフトが表示されるはずです。皆様のアドレスは一般公開にはなりませんので、安心してご感想など頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。
それから、かわいいワンちゃんの天気予報を見つけたので、こちらも設置しました。「ごはんをあげる」をクリックしいて見て下さいね。「おそとに出たい」をクリックするとお散歩に出かけますよ。
大変失礼しました。
そこで、ブログのページにメールボックスを設けました。
mail boxの絵の上をクリックすると、ご自分のメールソフトが表示されるはずです。皆様のアドレスは一般公開にはなりませんので、安心してご感想など頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。
それから、かわいいワンちゃんの天気予報を見つけたので、こちらも設置しました。「ごはんをあげる」をクリックしいて見て下さいね。「おそとに出たい」をクリックするとお散歩に出かけますよ。
2012年3月27日火曜日
世界遺産 平泉周辺案内
3月も残りわずかになったのに、寒い日が続いていますね。
ゴールデンウィークの予定を考えている方もいるのではと思い、世界遺産になった平泉周辺の
お薦めコースを勝手に作ってみました。これはあくまでも私のお気に入りのお店をピックアップしています。
例年ならこの時期に桜が満開になるのですが。。。東北の春は様々な花が一斉に咲き始めます。
東北新幹線 一関駅下車 厳美という所に温泉付き旅館もありますが、ビジネスホテルに泊まり
市内の日帰り温泉を利用し、美味しい店を食べ歩くがお薦めです。
例えば一関市内なら山桜 桃の湯 http://www.day-onsen.com/sisetu/4/sisetu4530_home.html
他にも簡保の宿、スーパーイオンのそばにも日帰り温泉があります。
料金も数百円とお安いです。他にもこんなにあります。
http://www.mapple.net/bythemearea/a2b13c282/0201070000/spots_all.htm
出来ればレンタカーを利用することをお薦めします。バスはあり、世界遺産になってから
運行数は増えてはいるようですが、まだまだ不便に感じます。
なにしろ一関は東京の山手線の内側面積よりもずっと広く、南や東は宮城県と県境、西は秋田県と隣接しています。
一関でお食事をするなら、
富澤(大町にあります) お魚屋さんがやっている和食の店
三平(大町にあります) 焼き鳥屋さん
Acorn Cafe エイコン カフェ (大町にあります) 喫茶店ですが、限定のランチが安くて美味しい です。
厳美(げんび)は桜の名所で渓流の美しい観光地。
一関駅から西に車で20分くらいの所にあります。
川の上を籠に乗せた「かっこうだんご」、空飛ぶ団子?で有名です。川側の東屋で頂くが定番のようですが、お向かいにあるお店では色々な種類の団子があります。
https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=0r&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SNJB_ja___JP463&q=%E5%8E%B3%E7%BE%8E%E6%B8%93&gs_upl=0l0l3l153077lllllllllll0&aqi=g-r5
団子屋さんは数件あります。
厳美には道の駅があります。ここの「餅食レストラン ぺったんくん」では、一関名物の「餅膳」や餅アラカルトがお勧めです。雑煮・あんこ餅・きなこ餅・しょうが餅・桜エビ餅等‥珍しいお餅があります。
shopの方は産直の野菜やお菓子など販売しています。お薦めはお餅。真空パック詰めになっています。
http://www.thr.mlit.go.jp/road/koutsu/roadstation/iwate/iw24.html
道の駅の交差点から、北へ達谷窟(たっこくのいわや)を経由して、平泉に行く道があります。
http://www15.ocn.ne.jp/~iwaya/
ここのしだれ桜は綺麗です。途中の畦道には水仙がずっと並んで咲いていて、のどかな田園風景の中、思いっきり深呼吸したくなります。
道なりに行くと平泉、毛越寺に出ます。
浄土庭園は四季を通じて美しいです。是非ゆっくり池の周りをお散歩して下さい。
平泉では「芽吹き」というお寿司屋さんがお薦めです。特にあなごが絶品です。口の中でとろけます。東京から来た方は皆さん☆5個マークと気にいってくれました。
tel 0191-46-4965
治水庵というお蕎麦屋さんもお店の雰囲気も良く、蕎麦はそば畑をもつこだわり派です。
蕎麦はもちろん、天ぷらが美味しいです。ただ時間がかかるのがちょっと問題かな?
せっかちな方には向かないかも。。。です。tel 0191-46-5484
http://r.tabelog.com/iwate/A0303/A030303/3000038/
中尊寺は行きはかなりの急坂です。脇から車で行ける道がありますが、駐車場がありません。
観光バスやタクシーでは行けるのですが。理想は行きは車で上まで行き、帰りは参道を歩いて下りるが楽ちんコースなのですが。
「せき宮」という漆や磁器の作家物を扱うお店が中尊寺下の信号を1本東側に入った道筋にあります。店主の品選びにセンスありです。
平泉町平泉字坂下39-29 telephone 0191-46-2070
オーナーのお父上は平泉観光ガイドをなさっています。
厳美より更に西に向かえば須川岳という秋田との県境になる山があり、ここの温泉はかなり強力とか、、、熊が出るのは当たり前の所ですが、ブナの木も多く森林浴が出来ます。
平泉から東の方向に猊鼻渓(げいびけい)という渓谷があり、船下りが楽しめます。藤の花が咲く頃もいいです。最近は台湾からの観光客も多いとか、
http://www.machinet.jp/geibikanko/
船乗り場の手前にある「和紙の店」も良いですよ。
一関にはJAZZ好きの方には有名な「BASIE]があります。
あのカウント・ベーシーが店名を公認し来訪したこともあるJAZZ LIVE 喫茶です。
観光バスが来ることもあるそうですが、店主は全くマイペース
渡辺 貞夫さんも毎年ライブのスタートはここから始まります。日野てるまさ・マリーン・ケイコリー
等‥日本のJAZZプレイヤーばかりでなく、ウイントン マルサリスや今は亡きエルビン ジョーンズ等‥堪能出来ます。出来ました。ライブばかりでなく、オーナー菅原さんのこだわりのオーディオで聞くレコードは最高です。こちらが本業だよと怒られそう
営業日はかなりきまぐれですが、びっくりするような有名人に遭遇するかも
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/basie.htm
4月のライブはこちらからご覧になれます。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/index.htm
最後にコーヒーの美味しい店 佐惣珈琲店
残念ながらここで飲むことは出来ませんが、自ら焙煎した豆はお薦めです。
ここで売っているクッキーもGOODです。
http://www9.plala.or.jp/coffee/jika/north/sasou.htm
ゴールデンウィークの予定を考えている方もいるのではと思い、世界遺産になった平泉周辺の
お薦めコースを勝手に作ってみました。これはあくまでも私のお気に入りのお店をピックアップしています。
例年ならこの時期に桜が満開になるのですが。。。東北の春は様々な花が一斉に咲き始めます。
東北新幹線 一関駅下車 厳美という所に温泉付き旅館もありますが、ビジネスホテルに泊まり
市内の日帰り温泉を利用し、美味しい店を食べ歩くがお薦めです。
例えば一関市内なら山桜 桃の湯 http://www.day-onsen.com/sisetu/4/sisetu4530_home.html
他にも簡保の宿、スーパーイオンのそばにも日帰り温泉があります。
料金も数百円とお安いです。他にもこんなにあります。
http://www.mapple.net/bythemearea/a2b13c282/0201070000/spots_all.htm
出来ればレンタカーを利用することをお薦めします。バスはあり、世界遺産になってから
運行数は増えてはいるようですが、まだまだ不便に感じます。
なにしろ一関は東京の山手線の内側面積よりもずっと広く、南や東は宮城県と県境、西は秋田県と隣接しています。
一関でお食事をするなら、
富澤(大町にあります) お魚屋さんがやっている和食の店
三平(大町にあります) 焼き鳥屋さん
Acorn Cafe エイコン カフェ (大町にあります) 喫茶店ですが、限定のランチが安くて美味しい です。
厳美(げんび)は桜の名所で渓流の美しい観光地。
一関駅から西に車で20分くらいの所にあります。
川の上を籠に乗せた「かっこうだんご」、空飛ぶ団子?で有名です。川側の東屋で頂くが定番のようですが、お向かいにあるお店では色々な種類の団子があります。
https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=0r&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SNJB_ja___JP463&q=%E5%8E%B3%E7%BE%8E%E6%B8%93&gs_upl=0l0l3l153077lllllllllll0&aqi=g-r5
団子屋さんは数件あります。
厳美には道の駅があります。ここの「餅食レストラン ぺったんくん」では、一関名物の「餅膳」や餅アラカルトがお勧めです。雑煮・あんこ餅・きなこ餅・しょうが餅・桜エビ餅等‥珍しいお餅があります。
shopの方は産直の野菜やお菓子など販売しています。お薦めはお餅。真空パック詰めになっています。
http://www.thr.mlit.go.jp/road/koutsu/roadstation/iwate/iw24.html
道の駅の交差点から、北へ達谷窟(たっこくのいわや)を経由して、平泉に行く道があります。
http://www15.ocn.ne.jp/~iwaya/
ここのしだれ桜は綺麗です。途中の畦道には水仙がずっと並んで咲いていて、のどかな田園風景の中、思いっきり深呼吸したくなります。
道なりに行くと平泉、毛越寺に出ます。
浄土庭園は四季を通じて美しいです。是非ゆっくり池の周りをお散歩して下さい。
平泉では「芽吹き」というお寿司屋さんがお薦めです。特にあなごが絶品です。口の中でとろけます。東京から来た方は皆さん☆5個マークと気にいってくれました。
tel 0191-46-4965
治水庵というお蕎麦屋さんもお店の雰囲気も良く、蕎麦はそば畑をもつこだわり派です。
蕎麦はもちろん、天ぷらが美味しいです。ただ時間がかかるのがちょっと問題かな?
せっかちな方には向かないかも。。。です。tel 0191-46-5484
http://r.tabelog.com/iwate/A0303/A030303/3000038/
中尊寺は行きはかなりの急坂です。脇から車で行ける道がありますが、駐車場がありません。
観光バスやタクシーでは行けるのですが。理想は行きは車で上まで行き、帰りは参道を歩いて下りるが楽ちんコースなのですが。
「せき宮」という漆や磁器の作家物を扱うお店が中尊寺下の信号を1本東側に入った道筋にあります。店主の品選びにセンスありです。
平泉町平泉字坂下39-29 telephone 0191-46-2070
オーナーのお父上は平泉観光ガイドをなさっています。
厳美より更に西に向かえば須川岳という秋田との県境になる山があり、ここの温泉はかなり強力とか、、、熊が出るのは当たり前の所ですが、ブナの木も多く森林浴が出来ます。
平泉から東の方向に猊鼻渓(げいびけい)という渓谷があり、船下りが楽しめます。藤の花が咲く頃もいいです。最近は台湾からの観光客も多いとか、
http://www.machinet.jp/geibikanko/
船乗り場の手前にある「和紙の店」も良いですよ。
一関にはJAZZ好きの方には有名な「BASIE]があります。
あのカウント・ベーシーが店名を公認し来訪したこともあるJAZZ LIVE 喫茶です。
観光バスが来ることもあるそうですが、店主は全くマイペース
渡辺 貞夫さんも毎年ライブのスタートはここから始まります。日野てるまさ・マリーン・ケイコリー
等‥日本のJAZZプレイヤーばかりでなく、ウイントン マルサリスや今は亡きエルビン ジョーンズ等‥堪能出来ます。出来ました。ライブばかりでなく、オーナー菅原さんのこだわりのオーディオで聞くレコードは最高です。こちらが本業だよと怒られそう
営業日はかなりきまぐれですが、びっくりするような有名人に遭遇するかも
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/basie.htm
4月のライブはこちらからご覧になれます。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/index.htm
最後にコーヒーの美味しい店 佐惣珈琲店
残念ながらここで飲むことは出来ませんが、自ら焙煎した豆はお薦めです。
ここで売っているクッキーもGOODです。
http://www9.plala.or.jp/coffee/jika/north/sasou.htm
2012年3月24日土曜日
桜さくら
ブログのタイトルをまたまた変更しました。悪戦苦闘している私にアドバイス頂いたので、挑戦してみました。
こう度々タイトル変更して、全く何しているのかと自分でも恥ずかしいですが、こんなレベルなので、お許し下さいね!
雨の日が多くなって来ましたね。春が近づいているのかしら?
桜の開花予報、29日とでたようですが、まだダウン着ている人も多く本当かしらと思っちゃいます。
ワシントンでは例年より早く桜が満開になったようで、友人が来月ワシントンにお花見に行くと言っていましたが
間に合うかしら?
花の予想は難しいですね。
一関の街の中心に磐井川という川があり、昭和23年・24年に水害があり、犠牲者の慰霊と復興を祈願して植えられた
桜並木があります。厳しい冬が終わり、一斉に花々が咲きはじめるこの季節が大好きでした。
しかし、桜の根が土手を弱くしているという理由で、伐採されることになったようです。
あの見事な桜並木が無くなったら、「さあ、春が来た!頑張ろう」って思えなくなりそうで
残念でなりません。何とか残す方法がないのかしらと思います。
我が家の近くはお花見が出来る所が沢山あります。
目黒川の桜は中目黒付近は屋台が出て賑やかです。
白金台の八芳園の御庭も良いですよ。花嫁さんが写真撮影していたり、庭の鯉や盆栽も見事です。
東大医科学研究所の中は八重桜が綺麗です。お散歩しながらレトロなレンガ造りの建物を眺めて見るのも楽しいです。
地下鉄白金台駅出て直ぐの所にあります。
東京は緑が少ないと言われていますが、桜は多いように思います。
新宿御苑の桜も素敵です。お弁当を持って出掛けてみませんか?
あなたは何処の桜が好きですか?
2012年3月22日木曜日
地中海クルージング
今日は朝からなんだか頭がぼんやり。そんな日は好きなCD、Bossa n' Stones 2を聞きながら
身体に従ってダラっと過ごします。
久しぶりに旅話をします。
スペインのバルセロナからトルコのイスタンブールまで2週間の船旅をしました。
飛行機でロンドン経由でバルセロナに入国。
バルセロナでホテルに1泊し、ピカソ美術館やミロの美術館・ガウディの建造物サクラダファミリア・クエル公園などを見学し、船に乗船。
船は「グランド プリンセス」http://www.princesscruises.jp/s_grand/
乗客2594名、乗組員2500名。世界中からの乗客の中、日本人は父と私の二人だけでした。
医師2名・看護婦5名・介護士10名。車いすの乗客も多いです。
毎日、お部屋には船内新聞が届きます。明日の寄港地のことや、船内のイベント、食事の時のドレスコードなどが書かれています。乗船時に顔写真付きのIDカードが作成されます。船内の買い物や乗下船時の確認証として使われます。船の場合、チップは始めにまとめて支払ます。金額も提示されます。
食事は「サバティーニ」以外のレストラン、24時間営業のブッフェスタイルのレストラン、アイスクリームショップ、プールサイドのBarもすべて料金に含まれているので、何度利用しても特別なアルコール以外料金はかかりません。
メインダイニングは最初に席が決められ、私たちはニューヨークから来たインド人の医師のご夫妻と同席でした。この奥様とても細身の方なのに、よく召し上がるのです。
メインダイニングのディナーは毎晩フルコース。量もしっかりあり、私達はいつもメインのおかずにたどり着くころは満腹状態なので、デザートはギブアップ。彼女は毎回しっかり完食し、「何故デザート食べないの?」と不思議そうに聞きます。何故そんなに食べれるのって聞きたかったです。
そんな訳で、何回かは自由に量を選べるブッフェで食事をしました。ここではドレスコードも関係ないので、Tシャツに短パンでもOKです。
ドレスコードはフォーマル、セミフォーマル、フリーとあり、フォーマルは3回、セミフォーマルは2回ありました。昼間はTシャツ・短パン・ゴム草履の人がほとんどですが、フォーマルの日は、タキシードにドレス姿。おしゃれした人を見ているだけで楽しくなります。
船室はスイートルームだったのですが、手違いがあり、W BED。父と2週間このベッドで寝るのかと思ったら一瞬帰りたくなりました(笑)父も同様だったようで、お互いにベットの右側と左側に落ちない程度ぎりぎりに寝ていました。
幸いなことに毎日ハードスケジュールで爆睡したので、いつの間にか気にもならなくなりましたが
船の中には大劇場もあり、映画やショーが催されます。他にもダンスや、KARAOKE、プールサイドでのゲーム大会など、船上だけでもイベント盛り沢山で、自分の体力とよく相談して参加しないと
観光する体力がなくなってしまいそうです。
寄港地に着くとツアーに行くバスが何十台と待っています。コース毎に胸にシールを貼りバスに乗るまでも大仕事です。
最初の寄港地はフランスのニースです。ツアーは体力に合わせて様々なコースがあり、父の為になるべく楽なコースを選択しました。
ニースからカンヌにバスで行き、ランチをして自由時間。父はあまり歩けないので目の前にあるヨットハーバーの前の公園で、街の人がペタングというゲームをするのをずっと眺めていました。
2回目の寄港地はモナコ
港から通りに出て右手に行くと、丘の上に出るエレベーターがあります。のんびりとヨットハーバーで豪華なヨットを見ながらお茶をします。
3回目の寄港地はイタリアのリボルノ。
ここからバスでフィレンツエに行きました。
ここは建物を守るため中心部に車が入れず、歩いての観光です。父はすぐに同じコースの方についていけず集合場所を聞いて別行動に。
馬車なら良いだろうと乗ってみましたが、なんともいい加減な馬車でさらっと終わり、ウフィッツエ美術館に行きました。7月の観光シーズンとセキュリティチェックが厳しくなり、何百人という人が並んでいました。これでは集合時間に間に合うか不安でしたが、歩くのが辛いといういうのでとにかく並ぶことに。1時間くらい並んだけれどそれでも入れず、これから入れても集合時間に間に合わなくなりそうなので、諦めて集合場所に移動することにしました。
皮製品のお店が立ち並ぶ通りを歩きサンタクローチェ教会前の広場が集合場所です。ところがこの広場色んなツアーの集合場所になっているらしく立っているのがやっとの人混み。
そこに30分以上待たされたあげくバスまで更に15分ほど歩くことに。
お年寄りの多い我々のツアーは、「こんなに待つのならバスの場所を早くに教えてくれたら、ゆっくりバスに迎えたのに」といきり立つ老人続出。ガイドの若いイタリア人の女の子も負けてはいない。
しまいにはそっぽをむいてしまった。
日本のツアー事情とはかなり違うこのやりとり。なかなか面白かったけれど、父には疲れただけのフィレンツエになってしまいました。
船に帰るとアメリカ合衆国の建国記念日のパーティがあった。乗客の多くがアメリカ人だったためか、フォーマルでのディナー。大忙しの1日でした。
翌日はナポリ
5回目の寄港地はベネチア
船が街に近づき美しその景色にうっとりです。汽車でこの街に入るのとは全然異なるイントロに言葉を失います。
ペギーグッケンハイム美術館をゆっくり見学し、目当てのレストランで魚介類のお食事を堪能。
6回目の寄港地はギリシャのアテネ
毎日天候に恵まれ暑い。疲れも出てきた父の為に歩かなくていい楽々コースを選択。
7回目の寄港地はトルコのクスダシ
エフェソス遺跡を見学。かなりの遺跡群は圧巻だったが、ここも広大で暑さの中はかなりハードでした。聖ヨハネ聖堂を見学。
そしていよいよイスタンブール着
2週間の船旅は長いと思っていましたが、毎日盛り沢山であっという間でした。
下船後ブルーモスク・アヤソフィア大聖堂・トプカピ宮殿・グランドバザール等々観光。
ホテルに日本食レストランがあり、久しぶりに日本食を堪能??
父はトルコ人のウェイトレスが着物を着ているのに、歩き方がおかしいとコーチをし、無事に
クルーズの旅を終了。
もっと早くに行ったらもう少し歩けたのに残念がった父の言葉が今でも耳に残ります。
身体に従ってダラっと過ごします。
久しぶりに旅話をします。
スペインのバルセロナからトルコのイスタンブールまで2週間の船旅をしました。
飛行機でロンドン経由でバルセロナに入国。
バルセロナでホテルに1泊し、ピカソ美術館やミロの美術館・ガウディの建造物サクラダファミリア・クエル公園などを見学し、船に乗船。
船は「グランド プリンセス」http://www.princesscruises.jp/s_grand/
乗客2594名、乗組員2500名。世界中からの乗客の中、日本人は父と私の二人だけでした。
医師2名・看護婦5名・介護士10名。車いすの乗客も多いです。
毎日、お部屋には船内新聞が届きます。明日の寄港地のことや、船内のイベント、食事の時のドレスコードなどが書かれています。乗船時に顔写真付きのIDカードが作成されます。船内の買い物や乗下船時の確認証として使われます。船の場合、チップは始めにまとめて支払ます。金額も提示されます。
食事は「サバティーニ」以外のレストラン、24時間営業のブッフェスタイルのレストラン、アイスクリームショップ、プールサイドのBarもすべて料金に含まれているので、何度利用しても特別なアルコール以外料金はかかりません。
メインダイニングは最初に席が決められ、私たちはニューヨークから来たインド人の医師のご夫妻と同席でした。この奥様とても細身の方なのに、よく召し上がるのです。
メインダイニングのディナーは毎晩フルコース。量もしっかりあり、私達はいつもメインのおかずにたどり着くころは満腹状態なので、デザートはギブアップ。彼女は毎回しっかり完食し、「何故デザート食べないの?」と不思議そうに聞きます。何故そんなに食べれるのって聞きたかったです。
そんな訳で、何回かは自由に量を選べるブッフェで食事をしました。ここではドレスコードも関係ないので、Tシャツに短パンでもOKです。
ドレスコードはフォーマル、セミフォーマル、フリーとあり、フォーマルは3回、セミフォーマルは2回ありました。昼間はTシャツ・短パン・ゴム草履の人がほとんどですが、フォーマルの日は、タキシードにドレス姿。おしゃれした人を見ているだけで楽しくなります。
船室はスイートルームだったのですが、手違いがあり、W BED。父と2週間このベッドで寝るのかと思ったら一瞬帰りたくなりました(笑)父も同様だったようで、お互いにベットの右側と左側に落ちない程度ぎりぎりに寝ていました。
幸いなことに毎日ハードスケジュールで爆睡したので、いつの間にか気にもならなくなりましたが
船の中には大劇場もあり、映画やショーが催されます。他にもダンスや、KARAOKE、プールサイドでのゲーム大会など、船上だけでもイベント盛り沢山で、自分の体力とよく相談して参加しないと
観光する体力がなくなってしまいそうです。
寄港地に着くとツアーに行くバスが何十台と待っています。コース毎に胸にシールを貼りバスに乗るまでも大仕事です。
最初の寄港地はフランスのニースです。ツアーは体力に合わせて様々なコースがあり、父の為になるべく楽なコースを選択しました。
ニースからカンヌにバスで行き、ランチをして自由時間。父はあまり歩けないので目の前にあるヨットハーバーの前の公園で、街の人がペタングというゲームをするのをずっと眺めていました。
2回目の寄港地はモナコ
港から通りに出て右手に行くと、丘の上に出るエレベーターがあります。のんびりとヨットハーバーで豪華なヨットを見ながらお茶をします。
3回目の寄港地はイタリアのリボルノ。
ここからバスでフィレンツエに行きました。
ここは建物を守るため中心部に車が入れず、歩いての観光です。父はすぐに同じコースの方についていけず集合場所を聞いて別行動に。
馬車なら良いだろうと乗ってみましたが、なんともいい加減な馬車でさらっと終わり、ウフィッツエ美術館に行きました。7月の観光シーズンとセキュリティチェックが厳しくなり、何百人という人が並んでいました。これでは集合時間に間に合うか不安でしたが、歩くのが辛いといういうのでとにかく並ぶことに。1時間くらい並んだけれどそれでも入れず、これから入れても集合時間に間に合わなくなりそうなので、諦めて集合場所に移動することにしました。
皮製品のお店が立ち並ぶ通りを歩きサンタクローチェ教会前の広場が集合場所です。ところがこの広場色んなツアーの集合場所になっているらしく立っているのがやっとの人混み。
そこに30分以上待たされたあげくバスまで更に15分ほど歩くことに。
お年寄りの多い我々のツアーは、「こんなに待つのならバスの場所を早くに教えてくれたら、ゆっくりバスに迎えたのに」といきり立つ老人続出。ガイドの若いイタリア人の女の子も負けてはいない。
しまいにはそっぽをむいてしまった。
日本のツアー事情とはかなり違うこのやりとり。なかなか面白かったけれど、父には疲れただけのフィレンツエになってしまいました。
船に帰るとアメリカ合衆国の建国記念日のパーティがあった。乗客の多くがアメリカ人だったためか、フォーマルでのディナー。大忙しの1日でした。
翌日はナポリ
5回目の寄港地はベネチア
船が街に近づき美しその景色にうっとりです。汽車でこの街に入るのとは全然異なるイントロに言葉を失います。
ペギーグッケンハイム美術館をゆっくり見学し、目当てのレストランで魚介類のお食事を堪能。
6回目の寄港地はギリシャのアテネ
毎日天候に恵まれ暑い。疲れも出てきた父の為に歩かなくていい楽々コースを選択。
7回目の寄港地はトルコのクスダシ
エフェソス遺跡を見学。かなりの遺跡群は圧巻だったが、ここも広大で暑さの中はかなりハードでした。聖ヨハネ聖堂を見学。
そしていよいよイスタンブール着
2週間の船旅は長いと思っていましたが、毎日盛り沢山であっという間でした。
下船後ブルーモスク・アヤソフィア大聖堂・トプカピ宮殿・グランドバザール等々観光。
ホテルに日本食レストランがあり、久しぶりに日本食を堪能??
父はトルコ人のウェイトレスが着物を着ているのに、歩き方がおかしいとコーチをし、無事に
クルーズの旅を終了。
もっと早くに行ったらもう少し歩けたのに残念がった父の言葉が今でも耳に残ります。
本のご紹介
気仙沼の中村さんからのメールをご紹介します。
それでもなお 「感謝と勇気、日本人の奉仕の精神 」「世界の平和」を願って書いている人たちがいた。震災を心に刻み、後世に伝えることが残された者の責務である。
つなぎの会メンバーの高橋さん、中村さんも投稿しています。
柳さん(本を出版した方)から届いた 感想文や地元新聞に載った記事を貼りつけたものから 抜粋してお知らせします。
今日は柳さんの本を出そうと思ったきっかけの話を聞いて 胸が熱くなりました。いつも親しくされていたおじいちゃんが津波で亡くなったのだそうです。そのおじいちゃんは小学校の紙芝居のボランティアに行ったり 紙芝居を沢山自腹で買って子供たちに読んであげるのを楽しみにしていたそうです。親を亡くした子供たちに毎月五千円ずつ 何十年も 贈ってきたそうで そういう人たちが いたことを忘れないためにも 本を出そうと決めたそうです
収益は震災で孤児になった子供に送られます。沢山の方に読んで頂けたらと思います。
三陸新聞2011・12・9から
①「3・11 その時 それから わたしたちが伝えたかったこと‐31人の声」(柳希世嘉子・山内繁編著) ツーワンライフ出版 を読み未曾有の大震災の日々を改めて振り返った。
岩手県のツーワンライフから、先月10日に発行された一冊。気仙沼在住の人たちを中心に、一関市や角田市など 主婦や教諭、商店主の立場での寄稿文と地理学会で発表された論文抜粋などが掲載されている
「経験したこと」「行動したこと」「思ったこと」「感謝」など被災した人たちがどのようにして助かったのか。その後 どのような活動をしたのか 今をどう生きているのか そして東京消防庁や自衛隊に対する思いなどがあり 一人一人の文章に胸が熱くなった。
反省もあり未来に向けた提言もある。震災で家族を失ったり 家を流されたりした人の大変さは計りしれない。直接的被害がなくても二次災害 三次災害など多くの人たちが心に傷を負い 日を追うごとに精神的疲れが出てきているのも現実である。
千葉県の読者の方の感想
② 私は読んでは休み… という やはり体験された方々の文章は迫るものがあり一気に読めません。気仙沼の方々の声を一つに集めて後に残す 伝えることの大切さを感じます。結集された柳さんはリスペクトです。高知の読書会のメンバーにぜひ読んでもらいたいと まず私が読んだら送る予定です。
つなぎの会メンバーの高橋さん、中村さんも投稿しています。
こちらのサイトで購入出来ます。
2012年3月18日日曜日
孤独の自由 なるほどね!
昨日は1日食べるのも忘れてパソコンと格闘し、疲れ果てて爆睡してしまい気が付いたら午前4時。
身体痛いです。トホホ
こんな生活が出来るのも孤独の自由???
この言葉は先日俳優の仲代達矢氏が言った言葉です。そうそう、これこれって思っちゃいました。
何それ~って思ったあなたは幸せなんですよ
世の中には敢えて孤独を楽しむ方もいますがね
日本人って、悲しさや淋しさを表に出すのが下手な人種なんじゃないかなと私は思います。
震災で大変な体験をした方も、もっと怒ったり泣いたり叫んだり、悲しいって表に出していいのに
じっと耐えて「頑張ります」「前を向いていくしかないから」なんて言ってしまうけど、人間そんなに強い人ばかりじゃないでしょう?
だから私は「頑張らないで」って言っています。だって辛さに必死に耐えてるだけで充分頑張っていらっしゃるのだから
「侍文化」のなせる業か、子供の頃「泣くんじゃない」って言われて育ったせいなのか、大人が泣くのは
みっともないになっているような気がします。
外国で不幸なことが起こると、泣いている人や叫んでいる人多いですよね。
たま~に涙を小道具に生きてる人もいるけど、私は泣ける人って素直だな~と思ったり、甘え方が上手な人なんだな~って羨ましく思います。
仲代氏は無名塾の稽古場が1階にあり、上に自宅があるそうです。下に居る時は若い人に囲まれて賑やかだけど、上にあがると孤独を感じると。。。
ぽっかり空いた心の穴は簡単には蓋が出来ないもの。まして、埋めるなんて難しい。
私にとって蓋がしまる一番の方法は「旅に出る」ことです。特に海外に行くとしっかり蓋が閉まります。海外にいっぱい出かけたのは如何に蓋を閉めまくっていたかですね(笑)
海外旅行は言葉が通じないから全神経使いまくりの状態になります。不慣れな街を歩くのも、日本のように治安が良いとも限らないし、それだけでも頭はいっぱいになります。
でもそれだけではただ疲れに行くようなもの。歴史ある建物を見たり、安全な美術館の中で大好きな絵や工芸品を見たり、勿論美味しいものを食べて買い物をして。。。知らないうちに蓋は閉まっています。
ただ、困ったことに帰国した途端この反動がドドーンと襲うこと
多分旅の疲れもあるのでしょうが、あ~淋しいって落とし穴にどぶーん
何を贅沢な、忙しくて旅行なんて行ってる暇もないわよってお思いの方もいらっしゃるでしょうが
これが私の孤独の自由なんですよね。
ブログのページのレイアウトが変わりました。不具合が生じて訂正が出来なかったので、違うパターンにしてしまいました。お仲間登録して下さったikumitさん、登録が消えちゃってごめんなさい。
絵付けのページ、写真更新しました。宜しかったらこちらも見て下さいね。
身体痛いです。トホホ
こんな生活が出来るのも孤独の自由???
この言葉は先日俳優の仲代達矢氏が言った言葉です。そうそう、これこれって思っちゃいました。
何それ~って思ったあなたは幸せなんですよ
世の中には敢えて孤独を楽しむ方もいますがね
日本人って、悲しさや淋しさを表に出すのが下手な人種なんじゃないかなと私は思います。
震災で大変な体験をした方も、もっと怒ったり泣いたり叫んだり、悲しいって表に出していいのに
じっと耐えて「頑張ります」「前を向いていくしかないから」なんて言ってしまうけど、人間そんなに強い人ばかりじゃないでしょう?
だから私は「頑張らないで」って言っています。だって辛さに必死に耐えてるだけで充分頑張っていらっしゃるのだから
「侍文化」のなせる業か、子供の頃「泣くんじゃない」って言われて育ったせいなのか、大人が泣くのは
みっともないになっているような気がします。
外国で不幸なことが起こると、泣いている人や叫んでいる人多いですよね。
たま~に涙を小道具に生きてる人もいるけど、私は泣ける人って素直だな~と思ったり、甘え方が上手な人なんだな~って羨ましく思います。
仲代氏は無名塾の稽古場が1階にあり、上に自宅があるそうです。下に居る時は若い人に囲まれて賑やかだけど、上にあがると孤独を感じると。。。
ぽっかり空いた心の穴は簡単には蓋が出来ないもの。まして、埋めるなんて難しい。
私にとって蓋がしまる一番の方法は「旅に出る」ことです。特に海外に行くとしっかり蓋が閉まります。海外にいっぱい出かけたのは如何に蓋を閉めまくっていたかですね(笑)
海外旅行は言葉が通じないから全神経使いまくりの状態になります。不慣れな街を歩くのも、日本のように治安が良いとも限らないし、それだけでも頭はいっぱいになります。
でもそれだけではただ疲れに行くようなもの。歴史ある建物を見たり、安全な美術館の中で大好きな絵や工芸品を見たり、勿論美味しいものを食べて買い物をして。。。知らないうちに蓋は閉まっています。
ただ、困ったことに帰国した途端この反動がドドーンと襲うこと
多分旅の疲れもあるのでしょうが、あ~淋しいって落とし穴にどぶーん
何を贅沢な、忙しくて旅行なんて行ってる暇もないわよってお思いの方もいらっしゃるでしょうが
これが私の孤独の自由なんですよね。
ブログのページのレイアウトが変わりました。不具合が生じて訂正が出来なかったので、違うパターンにしてしまいました。お仲間登録して下さったikumitさん、登録が消えちゃってごめんなさい。
絵付けのページ、写真更新しました。宜しかったらこちらも見て下さいね。
2012年3月17日土曜日
またまた四苦八苦
「おひさま」のことを沢山の方に知って頂きたいと思い、googleやyahooの検索に引っかかるには
どうしたらいいのか、考えてみました。
今までのブログのタイトルはgoogleブログサイトの初期のタイトル名ですが、「今日もありがとう」っていい言葉だなと思ってそのまま利用しましたが、これだと大勢の方が使っているタイトルなので、
ちょっと変えてみました。
これでも駄目ですね~。
Qi a laって教室名も少ないと思っていましたが、な、なんとこれも沢山サイトが出てきます。
ネット上のタイトルって難しいです。出来ないとなると、とことん追求したくなる私。
ウウウ 夜も眠れなくなっちゃいそう
話はコロッと変わりますが、昨日用事があり銀座に行きました。昨日はユニクロ銀座店がリニューアルそしてIPADが新発売と重なって、平日なのに賑わっていましたね。
ユニクロは場所が代り、松坂屋デパートの向かい側に移転していました。歩道にはユニクロ目的の長い列が。。。ユニクロは大好きですが並ぶのは嫌いなので、チャレンジャーになるのはやめました。
19日までは銀座店だけの目玉価格があるようですが、東京は今日は寒い雨。
気合入れて並んでいる人いるのかな~
新しいお店が出来る一方で老舗の呉服屋さんが閉店していました。
時がながれ、必要な物も変わっていくのですね。ちょっと寂しく思いました。
どうしたらいいのか、考えてみました。
今までのブログのタイトルはgoogleブログサイトの初期のタイトル名ですが、「今日もありがとう」っていい言葉だなと思ってそのまま利用しましたが、これだと大勢の方が使っているタイトルなので、
ちょっと変えてみました。
これでも駄目ですね~。
Qi a laって教室名も少ないと思っていましたが、な、なんとこれも沢山サイトが出てきます。
ネット上のタイトルって難しいです。出来ないとなると、とことん追求したくなる私。
ウウウ 夜も眠れなくなっちゃいそう
話はコロッと変わりますが、昨日用事があり銀座に行きました。昨日はユニクロ銀座店がリニューアルそしてIPADが新発売と重なって、平日なのに賑わっていましたね。
ユニクロは場所が代り、松坂屋デパートの向かい側に移転していました。歩道にはユニクロ目的の長い列が。。。ユニクロは大好きですが並ぶのは嫌いなので、チャレンジャーになるのはやめました。
19日までは銀座店だけの目玉価格があるようですが、東京は今日は寒い雨。
気合入れて並んでいる人いるのかな~
新しいお店が出来る一方で老舗の呉服屋さんが閉店していました。
時がながれ、必要な物も変わっていくのですね。ちょっと寂しく思いました。
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