2012年4月19日木曜日

船での催し

記憶が新たなうちに船内のスケージュールについて、お話しますね。

寄港地について観光がある日でも、船内に残って遊べます。
ちょっと疲れて下船したくない人は、麻雀をしたり、プールで泳いだり、ジャグジーを楽しんだり図書室で読書をしています。パソコンルームもありインターネットも出来ます(別料金ですが)
テレビもCSが見れます。


お食事も3食OKです。料金は最初に支払う旅行代金に含まれています。メインダイニングをはじめ、バイキング式のレストランは朝6時から夜11時まで開いてます。予約して利用するレストランもありましたが、いつも満席で利用出来ませんでした。プールサイドにはホットドック・ピザ・ハンバーガーなどの軽食があり、その他数か所にBARやCAFEがあります。

タバコはベランダのある部屋はベランダで。他に8階と3階のデッキとカジノやダンスフロアーのあるBARでOK

エレベーターは先方・中央・後方に3か所各4基ずつありました。

厨房にはエスカレーターがありました。メインダイニングが4階と5階に一部吹き抜けであります。
夕食だけ時間をあらかじめ登録します。早い時間は5時半から、遅い組は7時45分からフルコースの食事が食べられます。
お味噌汁や鱸のおすまし、すき焼きというメニューもありましたが、???でした。

メニューは毎日変わります。前菜・メインなど数種の中から選べます。ベジタリアン用のメニューが必ずあります。

別料金はアルコール飲料、ソフトドリンク(バイキングスタイルのレストランでは無料です)、カジノやエステ、美容室の利用料、船内の買い物(宝石店まであります)、シャンパン試飲会などの特別なイベントの参加料、有料のレストランが今回は1軒ありました。

チップも乗船前に決められた金額を一括で支払ってしまうので、いちいち気にしないで済みます。

毎日お部屋に船内新聞が届き、翌日のイベントや日の出、日没の時間など案内されます。
イベントは参加したいものに、時間にその場所に行けばOK

太極拳やウォーキング、パター大会、チップ大会(どうするのかと思ったら、プールに向かってピンポン玉をピッチングウエッジで的にむかって打つ競技でした)

カジノは国際法があり、陸地から何海里はなれないと営業できません。
麻雀や囲碁、ダンス教室、フラワーアレンジメントの講座、タオルアート、お料理、クラフト教室や
ワイン講座、等‥とても全部は参加出来ないほど、盛り沢山です。

BARではクラッシックの演奏・ピアノの演奏などもあり、劇場では毎晩のようにショーをしています。
勿論これも無料です。今回は専属の方達の他に、ピアニストによるコンサートと沖縄の地元の若者の沖縄芸能のすばらしいショーがありました。

ダンスフロアーが何か所もあり、皆さんよく踊っていました。70歳からご夫婦で社交ダンスを習い始めたという83歳の方、転ばなくなったとダンスを勧められました。
今回はご夫婦で参加の方が多く、私はパートナーがいないのでダンスは残念ながら出来ませんでした。

一日中航海日のイベントプログラムの写真です


この船は音楽をテーマにした船とかで船内のあちこちに古いピアノやQueen,Eric Clapton、The Rolling Stonesのサインいりのギターなどが展示されていました。
30か国20言語圏の船員たち、この倍以上の人が働いています。客室係やウエイターはインドネシア・フィリピンの方が多いです。

2012年4月18日水曜日

タオルアート

船で毎晩ベットメーキングをしてくれる時に、ベットの上にチョコレートと、タオルで作った可愛らしい
こんなものが置かれていました。

バスタオルとフェイスタオルを使い、くるくる巻いたり畳んだりして作ります。
毎晩楽しみでした。

タオルアートの講習会もあり、5種類の作り方も教えてもらいました。


これは何かしら。。。と正体不明もありますが、心地よい眠りにつけました。

2012年4月17日火曜日

ザーンダム号で台湾に船旅しました

Holland America Lineの船に乗り、神戸→長崎→台湾 花蓮→高雄→基隆→沖縄 那覇→奄美大島→神戸の旅に行ってきました。

桜が咲き始めた神戸は思ったより寒かったです。乗客1200名。乗船はお昼から始まったのですが
、乗るまで2時間かかりました。先が思いやられる旅の始まりです。
北朝鮮の人工衛星打ち上げ予想日にはその標的のあたりにいる訳だし。。。
不安な旅立ちでした。

19時30分出港

神戸離発着の大型旅客船は初めてのこと
今回は日本の旅行社、主にHISの船旅会社「クルーズ プラネット」が600人の乗客を集めたとか
長崎から乗船できるのも初めてで長崎からも沢山乗って来ました。荷物は宅急便で送ると船室に届いています。飛行機のように重さ制限もなく、帰りも宅急便で送れるので、自分で持たなくて済むのでとても楽です。
船の旅では夕食時のドレスコードという服装の決まりがあります。今回は歓迎パーティーとお別れパーティーの2回だけフォーマルで、あとはスマートカジュアル。まあジーパンやTシャツでなければOK。
フォーマルの基準も男性はタキシード。女性はドレスですがロングの引きずるようなドレスの方や着物の方、さまざまで拝見するのが楽しみでした。私はワンピースにしましたが。。。


四国の外側、太平洋に出てゆっくり九州の南を通り、1日航海して、3日目の朝7時長崎松ヶ枝埠頭到着

長崎の市内観光 桜は満開でしたが、気温が思ったより低く風も強くて、暖かい所に行く、、、イメージがどんどん遠くなってきました。長崎で出国審査


17時に長崎を出港


船内

翌日も一日航海。海が荒れて歩いていてもよろけているよう。震度1~2くらいの揺れ。私は揺れに強いので酔わなかったけれど、ぐったりしている人も結構いたみたい。     

5日目 8時台湾 花蓮着 入国審査後、バスにてタロコ渓谷観光しました。一関の近くの厳美と猊鼻渓を足して巨大化したような所。大理石の岩山が19,1キロも続きます。大型バスがすれ違うのもやっとの道を、何キロも走り、トンネルもバスの屋根がぎりぎりの高さ。水はミネラルが多く、魚も住めないほどとか。国立公園になっているので、石は持ち出せませんが砂金も取れるとか。
中国人の観光客も多かったですが、ルールを守らず危険エリアに行くので、ヘルメットをかぶらされていました。天気予報は降水確率60%でしたが、晴れて蒸し暑くなりました。
17時 花蓮出港 翌日 8時高雄到着 高雄は高層ビルも多く大都会でした。港も街の中。急に夏になりました。気温30度。
龍虎塔 春秋閣 蓮池 旗津半島など市内観光をしました。
17時出港 翌朝8時基隆着 台北に近いこの街から私は野柳という岩が海水や風で浸食された国立公園と九分(正しい字は人偏がつきます)という昔鉱山があった町で、宮崎駿夫の千とちひろの舞台となった、亜麻茶楼という店のある坂だらけの所に行きました。
私は宮崎作品は見たことがないので、よく判りませんでしたが、今は廃坑になり人口も6千人ぐらいとか。観光の町になっています。16時出港。
夕食の後、10時からチョコレートパーティーというデザートブッフェがありました。
10時から甘いものかいでしたが、生バンドで大ディスコパーティーに盛り上がりました。

翌日12時に那覇に到着。入国審査がありました。世界遺産の首里城と識名園を観光し、夕方から国際通りを散策。市場で買った伊勢海老を2階のお店で調理してもらいました。調理代500円払うと市場で買ったものを調理してくれます。
23時那覇出港。翌日10時奄美大島着

ずっとお天気に恵まれて、晴れ女の威力を発揮してきたのですが、ここで朝から雨。此処だけはツアーを予約していなかったので、一人で路線バスの旅をしてみました。バスで50分北に行き、奄美パーク、田中一村美術館見学。目の前がサンゴ礁のきれいな海なのに今日は荒れていて、海岸を散策できないのが残念でした。
19時名瀬出港。雨の中、奄美の沢山の方が唄や踊りで船を見送ってくれて感激。
最後にこれぞ船旅という感動を味わいました。
翌日1日航海
盛り沢山の船内のイベントもあり、大忙しの旅でした。午前0時までに荷造りをして廊下に荷物を出します。
翌日7時神戸着
10日間の船旅もあっという間に終わりました。今回は添乗員も沢山乗っていて日本語でOKが多かったし、乗客同士もお食事の時やイベント時にコミュニケーションが沢山とれて
楽しい話も沢山出来ました。

船旅は出航時間に間に合わないと置いて行かれますが、今回も基隆で乗り遅れた人がいて、自力で奄美に飛行機で来たそうです。

平均年齢70歳代。最高齢者100歳とか。皆さんお元気でびっくりしました。

2012年4月4日水曜日

お知らせです

先日ご案内した、一関の猊鼻渓(げいびけい)の放送があります。

4月5日(木曜日)BS朝日(151チャンネル)で22:54~23:00

いにしへ日和「岩手 一関市 猊鼻渓」という番組です。

いつ頃撮影したものか判りませんが、冬は船の中にこたつがセットされています。

渓谷に響きわたる船頭さんの唄は、民謡嫌いな方でも心に響きますよ!

明日は暖かくなりそうですね。

東京は桜が一気に咲きそうです。

お花見楽しんでください。

ブログのタイトルが大きくて目障りなので写真を貼りました。

メコン川クルーズで乗った船 「アマロータス号」です。

2012年4月3日火曜日

HPにガラス作品写真更新しました

東京はやっと桜が咲き始めたというのに、すごい春嵐ですね。

皆さん無事に帰宅出来ましたか?
地球の何かが壊れてしまったように、次々激しい自然災害が起こりますね。


絵付けのページにガラスの作品を追加致しました。ガラスは熱に敏感なので、焼成すると変形してしまうことがあります。
その為にソーダガラスを使い500度から600度の間の低温で焼きます。

今回掲載したガラスの器は、前に平泉をご案内した時にご紹介した、平泉「せき宮」で購入しました。
夏になると、ガラス作家さんの企画をなさっています。

ヨーロッパ陶磁器美術館への旅 2

当時ブタペストからチェコスロバキア経由で東ドイツまでの運賃は8ドルです。
駅員が間違えたのではないかと思いました。

ブタペスト18時50分発夜行列車に乗り、東ドイツのドレスデンに向かいました。飲み物を買い忘れ、車内で買えるだろう(西側圏では、車内に買えるところがあるので)と思っていたら、なかったのです。

飲めないとなるとよけいに飲みたくなります。

深夜にある駅に列車が停まりました。時間から考えるとチェコスロバキアのどこかの駅のよう。。
なんとなく長く停車していそう。アナウンスもないし、日本のように電光掲示もありません。発車を知らせるベルもありません。あくまでも勝手な推測なのですが、構内に灯りが見え,なにやら人がいます。BARみたい。これも推測というか希望的思い込み。で、飛び出して一目散にその場所に走りました。何分停車するかも判らないのでドキドキの大冒険です。
やはり、BARで大勢の男の人がお酒を飲んでいました。とりあえず言葉も通じるか判らないので
これなら判るだろうと「コカコーラが欲しい」と英語で言ってみました。通じました。
ところがドルで払おうとしたら、チェコのお金でないとダメとか。ガ~ン。チェコは列車で通過するだけだったので持っていません。ここで手に握りしめたコーラを返さなければならないのか、がっくりしているとそばにいた男性が払ってくれました。ドルを渡そうとしましたが受け取ってくれませんでした。

もう、嬉しくて何度もお辞儀をしてありったけの感謝のゼスチャーをして、ダッシュで列車に戻りました。
何十年たっても忘れられない思い出です。もちろんそれからは飲み物は確保して乗車しています。

早朝東ドイツに列車が入りました。停車した列車に犬を連れた駅員のような人が入ってきて、棚の荷物を下ろすように指示しました。テリア系のかわいいワンチャン。思わず触ろうとしたら怒られました。入国審査の係官でパスポートとビザをチェックし、犬は麻薬チェック犬で荷物をクンクンお仕事しました。
東ドイツに入り緑の多い見た目にはのどかな景色が続きました。共産圏に行くのは初めて、どう違うのか知識はあっても実感がありません。
日本でビザを取る時に、ホテルも大使館で決められました。先方が提示した中から選べる所もありました。ドレスデンは選べなかったように思います。昔の事なので記憶違いあるかもですが。。。

ドレスデン着9時1分
駅から近い場所にコンクリートの箱型のホテルがありました。ドレスデンの第一印象は色が無いところだな~でした。車もほとんど走っていなく、シーンとした感じです。
ホテルにチェックインする時にパスポートを預けなければなりませんでした。少しずつ西側との違いを感じ始めました。
列車でマイセンに行きました。ドレスデン発10時39分、マイセン着12時15分料金1マルク。レートは1マルク81円です。
マイセンは小さな街ですが山があり川があり、人が生活している気配を感じました。工場はとても広大で、作業見学と陶磁美術館を見ました。
入口でなんと日本語のガイドがあると聞きびっくり。作業工程別に小さな部屋があり、各工程ごとに
デモンストレーションをしていて、部屋に入ると日本語のテープ案内が流れます。
客は私達しかいなかったので、ゆっくり見れました。美術館も素晴らしかったです。
たまたま、マイセンの養成学校の生徒のデッサン展をしていて、レベルの高さに関心しました。

緑の多い景色の美しいこの街には、どこでスケッチしても絵になりそうな所ばかり。羨ましかったです。販売もしていましたが、製品は少なく、ロンドンやウイーンの方が遥かに種類はあったように
思いました。東ドイツに観光に来る人が少ない時代でした。

たまに見かける観光客もソ連の方が多かったです。

ドレスデンに戻り、ホテルに泊まり、翌日はドレスデン市内を見学。ホテルから近いので徒歩で
フラウエン教会に行きました。当時この教会は広島の原爆ドーム同様の姿でした。
まるで第二次大戦から時間が止まっているようです。

街中も建物も閑散としているので、かなり遠くまで見渡せました。観光するにはとても便利。遠くからツヴィンガー宮殿も見えました。こちらも建物が黒ずんていて管理状態があまり良くないようでした。
宮殿内の陶磁器は予想以上に素晴らしく日本や中国から東インド会社を経て輸入した大きな壺など、過去の権力の象徴、磁器一つが兵隊一こ連隊に値したということでしたから、想像を絶します。
ゼンパー美術館内でフィルムを巻き忘れてもたもたしていたら、係りのおばさんに大笑いされました。
ドレスデン城北側城壁にマイセンで作られたタイル2500枚に描かれた「君主の行列」は長さ100mに及ぶ大作。圧巻です。

東西ドイツ統合後に再びドレスデンに訪れましたが、「ドイツの古都」観光地になり、近代的なビルが立ち並びツヴィンガー宮殿もビルに隠れていて、あまりにも変わった姿に驚きました。

初めに行った時はあまりにひっそりとして印象良くなかったのですが、大都会にになってしまってからは、妙にあの昔の景色が恋しく思います。

ドレスデン15時56分発東ベルリン着18時8分着列車で行きました。17,4マルクでした。ベルリンのホテルは当時「チェックポイント チャーリー」と呼ばれる東ベルリンの国際列車駅Friedrichの近くでした。5星クラスの立派なホテル。Metropol。ここでもパスポートは没収。ドレスデンより街ははるかに大きいのですが、暗い雰囲気はさらに増していました。

国内線の駅からホテルまでかなりの距離をタクシーに乗りましたが、料金は安く、なにより滑走路のように幅広い道にほとんど車が走っていません。いる車もやっと動いているというスピードです。
遠くを走っている車が近づくのに随分時間がかかります。信号もあまりなかったです。車が少ないし、歩いている人も少ないので信号は必要ないようでした。

ウンターデン・リンデン通り、戦前は目貫通りだったそうですが、店もあまりなく、ソ連大使館の門番や鹿島建設のヘルメットを被った方に尋ねて、やっとたどり着いたマイセンショップも改装中で閉まっていました。

食事をする所もなくホテル内のレストランで食事しました。驚いたことにこのレストランには日本語の立派なメニューがありました。ここでは、背広姿の日本人の男性に何人か会いました。お話したら、建設関係の仕事で長期出張でいる方で、「わざわざこんな所になんで来たの?」と聞かれました。ホテルの中に免税ショップがありましたが、そこで売られていたものは西側の洗剤や運動靴など日用品です。ドルでしか買い物は出来ないのですが、誰が買うのかと思いました。
考えてみれば壁のそばだったので、現地の人は逃亡者と思われるから近づかないだろうし、そんな所に店もないはずですね。

ホテルで両替をしたら、1万円だけで十分だといわれました。これから、ベルリンオペラ座でオペラも見たいし、ポツダムにも泊まる予定だったので、心配でしたが大丈夫だというので従いました。

交通費や街での飲食以外は観光客が買い物するような店もなく、観光客が利用するホテルなどはドル払いでした。オペラの切符を取って貰いました。3000円ちょっとだったと思います。

舞台に近い真ん中のいい席でした。オペラ座で東ドイツに来て初めて沢山の人に会いました。

ホテルの中にアンティークの小さな店がありました。品数は少ないですが品質の良いものがあり、
電気スタンドの笠の部分も薄い磁器で透かし柄が入った物がありました。欲しかったのですがまだまだ道中は長く持ち歩けません。送れないか尋ねると、着かない恐れがあるのでやめた方が良いと
アドバイスしてくれました。この店の女性店員はとても上品な優しい方でした。後に郵便を出す時も助けてくれました。

ベルリンの壁・ブランデンブルグ門・など散策しました。
塀のそばには機関銃を持った兵士がいて、一般人はほとんどいません。

ベルガモン博物館に行きました。まるでギリシャにいるのかと錯覚するほどの展示品(建造物の一部)。ここでギリシャを体験するとは思いませんでした。大英博物館よりすごいかも。。。

列車でポツダムに行きました。ベルリン発12時55分。ポツダム着14時10分。0,7マルク
ホテルはポツダム宣言がなされたツェツィーリエンホーフ宮殿がホテルになっていてここに泊まることが出来ました。駅からタクシーがなく、トラムを乗り継いで行きました。敷地内は森のようで門を入ってから何十分歩いたかしら。敷地内には軍事博物館もありました。

Schloss Cecilienhof  私たちの他はロシア人の団体が泊まっているだけです。夏なのに寒くて暖房を入れてほしいと頼みましたが、案の定却下されました。176室もあり、その2階がホテルになっていました。

サンスーシー公園とサンスーシー宮殿を見学に行きました。好きな女優ロミーシュナイダーが主演した映画で「サンスーシーの女」という映画を見てから、サンスーシーに行ってみたいと思っていました。

この公園も何ヘクタールあるのかこの公園と宮殿を見るだけで一日かかりました。森のような公園にいくつかの建物が点在していますが、広すぎて見つけるのも大変でした。東洋を意識した東屋・中国茶亭など東洋の磁器が飾られていました。

宮殿はこの公園の奥にありました。途中にお茶飲める建物があり休憩しました。ここは若者のデートコースらしく、軍服を着た青年と女性のカップルを見かけました。喫茶店は外国人がいない風で、特に東洋人は珍しいらしくじろじろ観察されました。
ポツダムの街はこの二つの宮殿で出来ているといっても過言でないほどの広さでした。

タクシーもお茶も現地の人が利用する所は物価が安く、何十円・何百円の世界。1万円で十分が理解できました。

約1週間の東ドイツの旅を終え、東ベルリン駅からフランクフルトに向かいます。
チェックポイント・チャーリーは聞きしに勝る厳重体制一人一人が電話ボックスのような狭い所に入り出国の審査を受けます。
夜行列車なので指定席をとったのですが、ホームに出ると機関銃を持つ兵士が何人もいて、目指す車両に行かせてくれません。意味不明のまま仕方なく乗れる処に乗り込みました。
発車してすぐに隣駅に停まりました。西ベルリンです。
この駅でやっと行動が自由になり、指定の席に移動出来ました。

久々の西側の空気。ホッとして力が抜けました。

2012年4月2日月曜日

気仙沼からの便り

気仙沼の中村さんから今週も「つなぎの会」報告がありましたので、ご紹介しますね。


 皆様お久しぶりです。お変わりありませんか?4月を迎え それぞれ色々な変化がある時期ですね

 さて がんばりっこ人形の売り上げの報告をさせていただきます。これまで 茅ヶ崎 東京 気仙沼(マルシェ,美容室ウェル) 登米市など イベントやお店で売って頂き また 寄付も複数名の方々から いただいて なんと!11万円を越える総額になりました!すごーい!ありがたい!

つなぎの会 スタッフで話しあった結果 これまでかかった材料費とこれからかかる材料費を差し引いて まだまだ 支援金が必要な「復興マルシェ」と 昨年 園舎が流されてしまった保育園「おひさま」に 3分の一ずつ そして がんばりっこ人形を作ってくれた被災された方々に残りの3分の一を頭割にすることにしました!


 被災額の大きさからいえば まだまだでは あるかも知れませんが 皆様に込めて頂いた あたたかな思いが 何より尊く きっと伝わっていくと思います!

がんばりっこ人形の発端は気仙沼にわざわざ茅ヶ崎のつなぎの会の方々が羊毛のワークショップに来てくださったことから始まりました。

その中にあった人形を「がんばりっこ人形」と柳さんが命名し,羊毛のお店,個人の方からも沢山の羊毛を寄付して頂き,気仙沼のつなぎの学校会と茅ヶ崎の会双方で人形を作り続けていただきました。また土曜は来れないけど家でならと羊毛を持って帰って作ってくれた方々も沢山いました。
そしてがんばりっこ人形撮影会が開かれポストカードにもなりました!イベントに足を運び準備して,たくさんの協力の結果ですね。寄付の中には断食をして毎月送って下さった方もいました!本当に 沢山の皆様方に感謝です。本当に本当にありがとうございます。

 そしてもう一つ私事ですが 実は4月から半年間 仕事の研修で仙台に行くことになりました。

 まだ研修がどんなものだか 見通しがついていないのですが つなぎの学校もできるだけ 続けていきたいと思っています。


気仙沼の最近の様子は?と聞かれると復興は進んでいるところもあるのでしょうが目に見えてめきめきと進んでいるとは言えない状態です。それに伴って心身の疲れが限界を越えているような気がしています。

気仙沼から離れてみて思うことですが震災はあまりに非日常すぎているのに気仙沼では日常のことで それゆえ中にいると周囲と比べて「私の被災は大したことない」と思い込み 周囲も休まず頑張っているので頑張り緊張がずっと続いていると思います。
やはり うつの人や円形脱毛症,今ごろになって津波の夢をみはじめるなど私の聞く範囲でも様々な不調が起こっています。阪神大震災のときは3年目が一番大変だったと聞きます。物質もそうですが心身の支えがまだまだ必要だと感じています!
 

 まずは元気が大事!自分が元気でいることが 他の人への支えになりますね!私も新しい環境の中 元気でいられるように 気をつけていきたいと思っています。皆様もどうぞお元気で!ありがとうございました

2012年3月29日木曜日

ヨーロッパ陶磁器美術館への旅

もう30年近く前ですが、絵付けの勉強のためにヨーロッパの陶磁器を見に行きたいと思いました。
陶磁器の美術館はどの国もほとんどが陶磁器を作っている工場にあります。当時は情報を得ることが難しく、まずは各国の大使館に問い合わせ、観光局に出向き情報を集めました。
観光局でも判らない所は、日本で販売している代理店に問い合わせて教えて頂きました。

往復の航空券と初日と最終日のホテル付、ヨーロッパ内1回だけ利用できる航空券付、あとは自由に自分で行きたい所に行けるという期間1か月のパックで、従妹と二人で出かけました。成田からアンカレッジ経由パリで乗り換えてLondonへ

イギリス、ロンドンからスタートです。ビクトリアアルバート美術館は工芸品の宝庫、1週間くらい通いたかったです。ロンドンに住んだことがある友人情報で、陶磁器のショップにも行きました。このお店はチェーン店になっていてヨーロッパ中の名窯の商品を扱っていました。

思いきってヘレンドのティーセットを購入。在庫が無いということで後日、日本に送ってくれることになりました。
ホテルは初日しか決まっていないので、ハロッズデパート内観光案内所に行きホテル探しをしました。ハロッズデパートの近くにB&Bが見つかりました。B&Bとはホテルと民宿の間のようなベッドと朝食付きのホテルです。knightbridgeのBeaufat Gardens Hotel 
綺麗で場所も便利な所、出足は上々です。ハロッズの食器売り場も素敵な磁器がいっぱいありました。
ハロッズはお金持ちの顧客がリムジンで乗り付ける入口があり、お付の人を伴ったアラブ系のお金持ちをみかけました。日本ではない光景でした。
ハイドパークのピーターパン像やケンジントン宮殿を見に行きました。

飛行機でオーストリアのウイーンへ
空港内の案内所でシュテファン大聖堂脇のホテルHotel am Stephansplatsを予約し街へ。
小さなホテルは素敵とは言い難かったですが、なにしろ1か月の旅、贅沢は言えません。2泊しました。地下鉄のすぐ脇で大聖堂の隣なので迷子にならず、場所の便利さ優先です。ホテルを出るとすぐそばにアウガルテンの店がありました。近くにも何軒も陶磁器の店があり、価格も日本に比べたら安いし、マイセン、ヘレンド等‥ヨーロッパの名窯の物が揃っています。
Graben Singer Straβe この通りは夕方になると音楽家を目指す若者が演奏をしています。


ウイーン国立歌劇場そばにあるホーフブルク宮殿内の陶磁器美術館に行きました。
ヨーロッパの美術館は有料または無料で写真が撮れるところが多いです。受付で確認し写真を撮ることに。まだアナログ時代でしたから、重い一眼レフのカメラを持参、フラッシュはほとんどが禁止です。係りの人が親切に薄暗い室内で撮れるか聞きに来てくれました。

オペラ座内部見学ツアーに参加しました。奥行きの深い舞台、様々な仕掛け、初めて見るオペラの裏側は圧倒されました。

空港の案内所に忘れ物をし、取りに行くアクシデントがありました。
ベルヴェデーレ宮殿に行きたいのに、電車の乗り換えがよく判らず何故かふりだしに戻ってしまうを繰り返しました。仕方なくホームにいたお爺さんに英語で尋ねましたが、英語はダメみたい。通じたのは私達が日本人ということだけ。なんだか戦争時代を思い出したようで、物思いにふけってしまい。。。ようやく乗り換えの場所がちょっと離れたところだと判り、あーあの時は本当に疲れた!

翌日はシェーンブルン宮殿に。ホテルもこの近くに移動。ParkHotel Schoenbrunn
ラッキーなことにここのホテルは豪華!ハイシーズンでなかったので安く泊まれたようでした。
シェーンブルン宮殿の広い事!!!宮殿まで辿り着くまでもかなり歩きました。庭園とは言えない広さ。宮殿も豪華でした。
ウイーンは見どころも多く、食事も美味しかったです。もちろんザッハトルテ(チョコレートケーキ)も食べました。ベートーベンの家も何か所もあり出かけました。

次は列車でハンガリーへ。ブタペストの駅の案内所でホテルを予約しようとしたら、長い列。かなりの時間待ちましたが、ヘレンドに行く列車の時間になり、スーツケースを持ったまま、宿も決まらず列車に乗りました。車中で同席になったハンガリーの女性が英語で話しかけて来て、ヘレンドの美術館に行くと話すと、「今日は休みよ」。。。。ええ~代理店の社長さんがすごく親切にいろいろ教えて下さり、しっかり調査済のはずだったのに
相手も気の毒に思ったのか調べて来たなら、今日はやっているのかもと言ってくれたのですが、
休館日でした。大ショック
ヘレンドはヘレンドの工場以外はお店も数軒しかなく、コインロッカーもない。荷物は
駅員さんに頼んで預かってもらい、ブタペストに戻る列車までの数時間、唯一といえそうなバール
(軽食店)で待機することに。3時か4時ころにはヘレンドの工場の人が退社し始め、バールも徐々に
近所の人のたまり場になり、周りで子供たちが遊んでいます。美術館は見れなかったけれど、街の人の生活を垣間見れてのんびりとした時間を過ごせました。当時はまだ東洋人がヘレンドに訪れることも少なかったようで珍しいものを見る視線はちょっと気恥ずかしかったですが。
ブタペストに戻ったのは深夜近く。案内所も閉まっています。ホテルを探すのが大変。タクシーに乗りホテルが沢山あるエリアまで行き、1軒1軒空きがあるか尋ねたのですが無。様子で言葉が通じなかったタクシーの運転手さんが身振り手振りでなにやらホテルに連れて行ってくれるとか。
こうなったら、頼るしかなくお願いすることに。不安いっぱいです。
大きなホテルの前に車が泊まり、歩いてついて来いと。ところが彼は入口に入らずにどんどん裏の方に歩き出すのです。従妹に荷物を見張っていてもらい一人付いて行くことに。
不安マックス状態。少し離れて付いていくとホテルの裏口と思われる所を彼は入って行きました。道路で待っていると、調理人のような人と運転手さんが出てきて空室あると。全てゼスチャー会話(トホホです)
やっと正面の入口からホテルに入り、泊まれることになりました。全くひどい日でしたが、ホテルはクラシックな雰囲気のあるお部屋で、ホテルの裏には生演奏が聴けるハンガリーらしいレストランがあり、ここでやっと美味しい食事にありつけました。
タクシーの運転手さんが指揮者の小林を知っているかと尋ねました。小林研一郎さんが当時ハンガリーにいたのです。

翌日は現地のツアーを予約し、ロシア語なまりの英語のガイドでツアーに参加し、ブタペストの観光をしました。コンチネンタルホテルから眺める景色は今でも忘れられない美しさでした。

次は夜行列車で東ドイツのドレスデンに向かいます。続きは次回に

メールボックス設置しました

ホームページの本の紹介ページにある「お問い合わせフォーム」にメッセージ下さった皆様ありがとうございました。今日やっと拝見しました。実はどうやったら見れるのか知らなかったのです。
大変失礼しました。

そこで、ブログのページにメールボックスを設けました。
mail boxの絵の上をクリックすると、ご自分のメールソフトが表示されるはずです。皆様のアドレスは一般公開にはなりませんので、安心してご感想など頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。

それから、かわいいワンちゃんの天気予報を見つけたので、こちらも設置しました。「ごはんをあげる」をクリックしいて見て下さいね。「おそとに出たい」をクリックするとお散歩に出かけますよ。

2012年3月27日火曜日

世界遺産 平泉周辺案内

3月も残りわずかになったのに、寒い日が続いていますね。

ゴールデンウィークの予定を考えている方もいるのではと思い、世界遺産になった平泉周辺の
お薦めコースを勝手に作ってみました。これはあくまでも私のお気に入りのお店をピックアップしています。

例年ならこの時期に桜が満開になるのですが。。。東北の春は様々な花が一斉に咲き始めます。

東北新幹線 一関駅下車 厳美という所に温泉付き旅館もありますが、ビジネスホテルに泊まり
市内の日帰り温泉を利用し、美味しい店を食べ歩くがお薦めです。

例えば一関市内なら山桜 桃の湯 http://www.day-onsen.com/sisetu/4/sisetu4530_home.html
他にも簡保の宿、スーパーイオンのそばにも日帰り温泉があります。
料金も数百円とお安いです。他にもこんなにあります。
http://www.mapple.net/bythemearea/a2b13c282/0201070000/spots_all.htm
出来ればレンタカーを利用することをお薦めします。バスはあり、世界遺産になってから
運行数は増えてはいるようですが、まだまだ不便に感じます。
なにしろ一関は東京の山手線の内側面積よりもずっと広く、南や東は宮城県と県境、西は秋田県と隣接しています。
一関でお食事をするなら、

富澤(大町にあります) お魚屋さんがやっている和食の店

三平(大町にあります) 焼き鳥屋さん 

Acorn Cafe エイコン カフェ (大町にあります) 喫茶店ですが、限定のランチが安くて美味しい         です。

厳美(げんび)は桜の名所で渓流の美しい観光地。

一関駅から西に車で20分くらいの所にあります。
川の上を籠に乗せた「かっこうだんご」、空飛ぶ団子?で有名です。川側の東屋で頂くが定番のようですが、お向かいにあるお店では色々な種類の団子があります。
https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=0r&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SNJB_ja___JP463&q=%E5%8E%B3%E7%BE%8E%E6%B8%93&gs_upl=0l0l3l153077lllllllllll0&aqi=g-r5

団子屋さんは数件あります。

厳美には道の駅があります。ここの「餅食レストラン ぺったんくん」では、一関名物の「餅膳」や餅アラカルトがお勧めです。雑煮・あんこ餅・きなこ餅・しょうが餅・桜エビ餅等‥珍しいお餅があります。
shopの方は産直の野菜やお菓子など販売しています。お薦めはお餅。真空パック詰めになっています。

http://www.thr.mlit.go.jp/road/koutsu/roadstation/iwate/iw24.html

道の駅の交差点から、北へ達谷窟(たっこくのいわや)を経由して、平泉に行く道があります。

http://www15.ocn.ne.jp/~iwaya/

ここのしだれ桜は綺麗です。途中の畦道には水仙がずっと並んで咲いていて、のどかな田園風景の中、思いっきり深呼吸したくなります。

道なりに行くと平泉、毛越寺に出ます。

浄土庭園は四季を通じて美しいです。是非ゆっくり池の周りをお散歩して下さい。

平泉では「芽吹き」というお寿司屋さんがお薦めです。特にあなごが絶品です。口の中でとろけます。東京から来た方は皆さん☆5個マークと気にいってくれました。
tel 0191-46-4965

治水庵というお蕎麦屋さんもお店の雰囲気も良く、蕎麦はそば畑をもつこだわり派です。
蕎麦はもちろん、天ぷらが美味しいです。ただ時間がかかるのがちょっと問題かな?
せっかちな方には向かないかも。。。です。tel 0191-46-5484
http://r.tabelog.com/iwate/A0303/A030303/3000038/

中尊寺は行きはかなりの急坂です。脇から車で行ける道がありますが、駐車場がありません。
観光バスやタクシーでは行けるのですが。理想は行きは車で上まで行き、帰りは参道を歩いて下りるが楽ちんコースなのですが。

「せき宮」という漆や磁器の作家物を扱うお店が中尊寺下の信号を1本東側に入った道筋にあります。店主の品選びにセンスありです。
平泉町平泉字坂下39-29 telephone 0191-46-2070
オーナーのお父上は平泉観光ガイドをなさっています。

厳美より更に西に向かえば須川岳という秋田との県境になる山があり、ここの温泉はかなり強力とか、、、熊が出るのは当たり前の所ですが、ブナの木も多く森林浴が出来ます。

平泉から東の方向に猊鼻渓(げいびけい)という渓谷があり、船下りが楽しめます。藤の花が咲く頃もいいです。最近は台湾からの観光客も多いとか、
http://www.machinet.jp/geibikanko/

船乗り場の手前にある「和紙の店」も良いですよ。

一関にはJAZZ好きの方には有名な「BASIE]があります。
あのカウント・ベーシーが店名を公認し来訪したこともあるJAZZ LIVE 喫茶です。
観光バスが来ることもあるそうですが、店主は全くマイペース

渡辺 貞夫さんも毎年ライブのスタートはここから始まります。日野てるまさ・マリーン・ケイコリー
等‥日本のJAZZプレイヤーばかりでなく、ウイントン マルサリスや今は亡きエルビン ジョーンズ等‥堪能出来ます。出来ました。ライブばかりでなく、オーナー菅原さんのこだわりのオーディオで聞くレコードは最高です。こちらが本業だよと怒られそう
営業日はかなりきまぐれですが、びっくりするような有名人に遭遇するかも
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/basie.htm
4月のライブはこちらからご覧になれます。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~toronto/index.htm
最後にコーヒーの美味しい店 佐惣珈琲店 
残念ながらここで飲むことは出来ませんが、自ら焙煎した豆はお薦めです。
ここで売っているクッキーもGOODです。
http://www9.plala.or.jp/coffee/jika/north/sasou.htm

2012年3月24日土曜日

桜さくら

ブログのタイトルをまたまた変更しました。悪戦苦闘している私にアドバイス頂いたので、挑戦してみました。 こう度々タイトル変更して、全く何しているのかと自分でも恥ずかしいですが、こんなレベルなので、お許し下さいね! 雨の日が多くなって来ましたね。春が近づいているのかしら? 桜の開花予報、29日とでたようですが、まだダウン着ている人も多く本当かしらと思っちゃいます。 ワシントンでは例年より早く桜が満開になったようで、友人が来月ワシントンにお花見に行くと言っていましたが 間に合うかしら? 花の予想は難しいですね。 一関の街の中心に磐井川という川があり、昭和23年・24年に水害があり、犠牲者の慰霊と復興を祈願して植えられた 桜並木があります。厳しい冬が終わり、一斉に花々が咲きはじめるこの季節が大好きでした。 しかし、桜の根が土手を弱くしているという理由で、伐採されることになったようです。 あの見事な桜並木が無くなったら、「さあ、春が来た!頑張ろう」って思えなくなりそうで 残念でなりません。何とか残す方法がないのかしらと思います。 我が家の近くはお花見が出来る所が沢山あります。 目黒川の桜は中目黒付近は屋台が出て賑やかです。 白金台の八芳園の御庭も良いですよ。花嫁さんが写真撮影していたり、庭の鯉や盆栽も見事です。 東大医科学研究所の中は八重桜が綺麗です。お散歩しながらレトロなレンガ造りの建物を眺めて見るのも楽しいです。 地下鉄白金台駅出て直ぐの所にあります。 東京は緑が少ないと言われていますが、桜は多いように思います。 新宿御苑の桜も素敵です。お弁当を持って出掛けてみませんか? あなたは何処の桜が好きですか?

2012年3月22日木曜日

地中海クルージング

今日は朝からなんだか頭がぼんやり。そんな日は好きなCD、Bossa  n' Stones 2を聞きながら
身体に従ってダラっと過ごします。

久しぶりに旅話をします。

スペインのバルセロナからトルコのイスタンブールまで2週間の船旅をしました。
飛行機でロンドン経由でバルセロナに入国。
バルセロナでホテルに1泊し、ピカソ美術館やミロの美術館・ガウディの建造物サクラダファミリア・クエル公園などを見学し、船に乗船。

船は「グランド プリンセス」http://www.princesscruises.jp/s_grand/
乗客2594名、乗組員2500名。世界中からの乗客の中、日本人は父と私の二人だけでした。
医師2名・看護婦5名・介護士10名。車いすの乗客も多いです。

毎日、お部屋には船内新聞が届きます。明日の寄港地のことや、船内のイベント、食事の時のドレスコードなどが書かれています。乗船時に顔写真付きのIDカードが作成されます。船内の買い物や乗下船時の確認証として使われます。船の場合、チップは始めにまとめて支払ます。金額も提示されます。
食事は「サバティーニ」以外のレストラン、24時間営業のブッフェスタイルのレストラン、アイスクリームショップ、プールサイドのBarもすべて料金に含まれているので、何度利用しても特別なアルコール以外料金はかかりません。

メインダイニングは最初に席が決められ、私たちはニューヨークから来たインド人の医師のご夫妻と同席でした。この奥様とても細身の方なのに、よく召し上がるのです。
メインダイニングのディナーは毎晩フルコース。量もしっかりあり、私達はいつもメインのおかずにたどり着くころは満腹状態なので、デザートはギブアップ。彼女は毎回しっかり完食し、「何故デザート食べないの?」と不思議そうに聞きます。何故そんなに食べれるのって聞きたかったです。

そんな訳で、何回かは自由に量を選べるブッフェで食事をしました。ここではドレスコードも関係ないので、Tシャツに短パンでもOKです。

ドレスコードはフォーマル、セミフォーマル、フリーとあり、フォーマルは3回、セミフォーマルは2回ありました。昼間はTシャツ・短パン・ゴム草履の人がほとんどですが、フォーマルの日は、タキシードにドレス姿。おしゃれした人を見ているだけで楽しくなります。

船室はスイートルームだったのですが、手違いがあり、W BED。父と2週間このベッドで寝るのかと思ったら一瞬帰りたくなりました(笑)父も同様だったようで、お互いにベットの右側と左側に落ちない程度ぎりぎりに寝ていました。
幸いなことに毎日ハードスケジュールで爆睡したので、いつの間にか気にもならなくなりましたが

船の中には大劇場もあり、映画やショーが催されます。他にもダンスや、KARAOKE、プールサイドでのゲーム大会など、船上だけでもイベント盛り沢山で、自分の体力とよく相談して参加しないと
観光する体力がなくなってしまいそうです。

寄港地に着くとツアーに行くバスが何十台と待っています。コース毎に胸にシールを貼りバスに乗るまでも大仕事です。

最初の寄港地はフランスのニースです。ツアーは体力に合わせて様々なコースがあり、父の為になるべく楽なコースを選択しました。
ニースからカンヌにバスで行き、ランチをして自由時間。父はあまり歩けないので目の前にあるヨットハーバーの前の公園で、街の人がペタングというゲームをするのをずっと眺めていました。

2回目の寄港地はモナコ
港から通りに出て右手に行くと、丘の上に出るエレベーターがあります。のんびりとヨットハーバーで豪華なヨットを見ながらお茶をします。

3回目の寄港地はイタリアのリボルノ。
ここからバスでフィレンツエに行きました。
ここは建物を守るため中心部に車が入れず、歩いての観光です。父はすぐに同じコースの方についていけず集合場所を聞いて別行動に。
馬車なら良いだろうと乗ってみましたが、なんともいい加減な馬車でさらっと終わり、ウフィッツエ美術館に行きました。7月の観光シーズンとセキュリティチェックが厳しくなり、何百人という人が並んでいました。これでは集合時間に間に合うか不安でしたが、歩くのが辛いといういうのでとにかく並ぶことに。1時間くらい並んだけれどそれでも入れず、これから入れても集合時間に間に合わなくなりそうなので、諦めて集合場所に移動することにしました。
皮製品のお店が立ち並ぶ通りを歩きサンタクローチェ教会前の広場が集合場所です。ところがこの広場色んなツアーの集合場所になっているらしく立っているのがやっとの人混み。
そこに30分以上待たされたあげくバスまで更に15分ほど歩くことに。
お年寄りの多い我々のツアーは、「こんなに待つのならバスの場所を早くに教えてくれたら、ゆっくりバスに迎えたのに」といきり立つ老人続出。ガイドの若いイタリア人の女の子も負けてはいない。
しまいにはそっぽをむいてしまった。
日本のツアー事情とはかなり違うこのやりとり。なかなか面白かったけれど、父には疲れただけのフィレンツエになってしまいました。

船に帰るとアメリカ合衆国の建国記念日のパーティがあった。乗客の多くがアメリカ人だったためか、フォーマルでのディナー。大忙しの1日でした。

翌日はナポリ

5回目の寄港地はベネチア
船が街に近づき美しその景色にうっとりです。汽車でこの街に入るのとは全然異なるイントロに言葉を失います。
ペギーグッケンハイム美術館をゆっくり見学し、目当てのレストランで魚介類のお食事を堪能。

6回目の寄港地はギリシャのアテネ
毎日天候に恵まれ暑い。疲れも出てきた父の為に歩かなくていい楽々コースを選択。

7回目の寄港地はトルコのクスダシ
エフェソス遺跡を見学。かなりの遺跡群は圧巻だったが、ここも広大で暑さの中はかなりハードでした。聖ヨハネ聖堂を見学。

そしていよいよイスタンブール着
2週間の船旅は長いと思っていましたが、毎日盛り沢山であっという間でした。

下船後ブルーモスク・アヤソフィア大聖堂・トプカピ宮殿・グランドバザール等々観光。
ホテルに日本食レストランがあり、久しぶりに日本食を堪能??
父はトルコ人のウェイトレスが着物を着ているのに、歩き方がおかしいとコーチをし、無事に
クルーズの旅を終了。

もっと早くに行ったらもう少し歩けたのに残念がった父の言葉が今でも耳に残ります。

本のご紹介

気仙沼の中村さんからのメールをご紹介します。

柳さん(本を出版した方)から届いた 感想文や地元新聞に載った記事を貼りつけたものから 抜粋してお知らせします。

今日は柳さんの本を出そうと思ったきっかけの話を聞いて 胸が熱くなりました。いつも親しくされていたおじいちゃんが津波で亡くなったのだそうです。そのおじいちゃんは小学校の紙芝居のボランティアに行ったり 紙芝居を沢山自腹で買って子供たちに読んであげるのを楽しみにしていたそうです。親を亡くした子供たちに毎月五千円ずつ 何十年も 贈ってきたそうで そういう人たちが いたことを忘れないためにも 本を出そうと決めたそうです


収益は震災で孤児になった子供に送られます。沢山の方に読んで頂けたらと思います。
三陸新聞2011・12・9から

 ①「3・11 その時 それから わたしたちが伝えたかったこと‐31人の声」(柳希世嘉子・山内繁編著) ツーワンライフ出版 を読み未曾有の大震災の日々を改めて振り返った。

 岩手県のツーワンライフから、先月10日に発行された一冊。気仙沼在住の人たちを中心に、一関市や角田市など 主婦や教諭、商店主の立場での寄稿文と地理学会で発表された論文抜粋などが掲載されている

「経験したこと」「行動したこと」「思ったこと」「感謝」など被災した人たちがどのようにして助かったのか。その後 どのような活動をしたのか 今をどう生きているのか そして東京消防庁や自衛隊に対する思いなどがあり 一人一人の文章に胸が熱くなった。

 反省もあり未来に向けた提言もある。震災で家族を失ったり 家を流されたりした人の大変さは計りしれない。直接的被害がなくても二次災害 三次災害など多くの人たちが心に傷を負い 日を追うごとに精神的疲れが出てきているのも現実である。

  それでもなお 「感謝と勇気、日本人の奉仕の精神 」「世界の平和」を願って書いている人たちがいた。震災を心に刻み、後世に伝えることが残された者の責務である。
 
 千葉県の読者の方の感想



② 私は読んでは休み… という やはり体験された方々の文章は迫るものがあり一気に読めません。気仙沼の方々の声を一つに集めて後に残す 伝えることの大切さを感じます。結集された柳さんはリスペクトです。高知の読書会のメンバーにぜひ読んでもらいたいと まず私が読んだら送る予定です。

つなぎの会メンバーの高橋さん、中村さんも投稿しています。

こちらのサイトで購入出来ます。

2012年3月18日日曜日

孤独の自由 なるほどね!

昨日は1日食べるのも忘れてパソコンと格闘し、疲れ果てて爆睡してしまい気が付いたら午前4時。
身体痛いです。トホホ

こんな生活が出来るのも孤独の自由???

この言葉は先日俳優の仲代達矢氏が言った言葉です。そうそう、これこれって思っちゃいました。
何それ~って思ったあなたは幸せなんですよ
世の中には敢えて孤独を楽しむ方もいますがね
日本人って、悲しさや淋しさを表に出すのが下手な人種なんじゃないかなと私は思います。

震災で大変な体験をした方も、もっと怒ったり泣いたり叫んだり、悲しいって表に出していいのに
じっと耐えて「頑張ります」「前を向いていくしかないから」なんて言ってしまうけど、人間そんなに強い人ばかりじゃないでしょう?
だから私は「頑張らないで」って言っています。だって辛さに必死に耐えてるだけで充分頑張っていらっしゃるのだから

「侍文化」のなせる業か、子供の頃「泣くんじゃない」って言われて育ったせいなのか、大人が泣くのは
みっともないになっているような気がします。

外国で不幸なことが起こると、泣いている人や叫んでいる人多いですよね。

たま~に涙を小道具に生きてる人もいるけど、私は泣ける人って素直だな~と思ったり、甘え方が上手な人なんだな~って羨ましく思います。

仲代氏は無名塾の稽古場が1階にあり、上に自宅があるそうです。下に居る時は若い人に囲まれて賑やかだけど、上にあがると孤独を感じると。。。

ぽっかり空いた心の穴は簡単には蓋が出来ないもの。まして、埋めるなんて難しい。

私にとって蓋がしまる一番の方法は「旅に出る」ことです。特に海外に行くとしっかり蓋が閉まります。海外にいっぱい出かけたのは如何に蓋を閉めまくっていたかですね(笑)

海外旅行は言葉が通じないから全神経使いまくりの状態になります。不慣れな街を歩くのも、日本のように治安が良いとも限らないし、それだけでも頭はいっぱいになります。
でもそれだけではただ疲れに行くようなもの。歴史ある建物を見たり、安全な美術館の中で大好きな絵や工芸品を見たり、勿論美味しいものを食べて買い物をして。。。知らないうちに蓋は閉まっています。
ただ、困ったことに帰国した途端この反動がドドーンと襲うこと
多分旅の疲れもあるのでしょうが、あ~淋しいって落とし穴にどぶーん

何を贅沢な、忙しくて旅行なんて行ってる暇もないわよってお思いの方もいらっしゃるでしょうが
これが私の孤独の自由なんですよね。

ブログのページのレイアウトが変わりました。不具合が生じて訂正が出来なかったので、違うパターンにしてしまいました。お仲間登録して下さったikumitさん、登録が消えちゃってごめんなさい。

絵付けのページ、写真更新しました。宜しかったらこちらも見て下さいね。

2012年3月17日土曜日

またまた四苦八苦

「おひさま」のことを沢山の方に知って頂きたいと思い、googleやyahooの検索に引っかかるには
どうしたらいいのか、考えてみました。

今までのブログのタイトルはgoogleブログサイトの初期のタイトル名ですが、「今日もありがとう」っていい言葉だなと思ってそのまま利用しましたが、これだと大勢の方が使っているタイトルなので、
ちょっと変えてみました。

これでも駄目ですね~。

Qi a laって教室名も少ないと思っていましたが、な、なんとこれも沢山サイトが出てきます。

ネット上のタイトルって難しいです。出来ないとなると、とことん追求したくなる私。

ウウウ  夜も眠れなくなっちゃいそう

話はコロッと変わりますが、昨日用事があり銀座に行きました。昨日はユニクロ銀座店がリニューアルそしてIPADが新発売と重なって、平日なのに賑わっていましたね。

ユニクロは場所が代り、松坂屋デパートの向かい側に移転していました。歩道にはユニクロ目的の長い列が。。。ユニクロは大好きですが並ぶのは嫌いなので、チャレンジャーになるのはやめました。
19日までは銀座店だけの目玉価格があるようですが、東京は今日は寒い雨。
気合入れて並んでいる人いるのかな~

新しいお店が出来る一方で老舗の呉服屋さんが閉店していました。

時がながれ、必要な物も変わっていくのですね。ちょっと寂しく思いました。

2012年3月15日木曜日

気仙沼 保育園 「おひさま」

昨年11月に気仙沼の高橋さんから、「おひさま」という保育園のことで、緊急の連絡が入りました。
津波で園舎はなくなり、保母さんが園児と避難出来たのですが、園長先生がお亡くなりになりました。
今は園長の意思を継ぎ、仮設の倉庫で運営していますが、床はコンクリートの打ちっぱなし、底冷えがするので、何か方法がないかしらということでした。
その頃は仮設住宅も寒さと結露で対策が必要と連絡があったばかり。。。

早急に集められる物で何か断熱対策になるものがないか、建築の仕事をしている同級生に相談して、断熱材がネットで買えるルートを調べて頂き、それらは彼女達のネットワークが協力要請の輪を広げて下さり、送ってくれました。

梱包材の「プチプチ」も窓に貼ると効果があることが判り、こちらは絵付けをやっている私達は常備している物なので、「日本ポーセレンペインターズ協会」に協力をお願いしました。

協力をお願いした皆さんがそれぞれに色々アイデアを出して下さって、半月足らずで、沢山の断熱材、プチプチ、絨毯、そして灯油を買う資金まで提供して頂きました。

「おひさま」や仮設住宅に住む方に思った以上のスピードでお届け出来て、本当に嬉しかったです。

この時も私達「つなぎの会」5人では不可能なことが、ひとり一人手をつなげていくことで、可能に出来ることを実感し、皆さんの善意が折れそうになる被災者の方に笑顔もお届けできることを感じました。

気仙沼は水産業が中心の街です。まだ職場が少なく小さなお子さんがいる女性も仕事を探し
働かなければなりません。其の為にも長時間お子さんを預かってくれる場所が必要です。
震災前は親御さんにみてもらえた方も、大事なご家族が犠牲になられたり、離れた仮設住宅になってしまったりしているので、復興する為にも保育園は大事な役割を担っています。

昨日、高橋さんから気仙沼の現状とご協力をお願いしたいメールが届きましたので、ご紹介いたします。


今も仮設の倉庫をリフォームした部屋で36名ぐらい子供たち(登録は60名)を預かって4名の先生たちで面倒を見ています。

トイレも介護用ポータブル、園庭もない状況ですが、全国からの暖かい支援で環境はずいぶん改善されおもちゃや絵本もいっぱいで元気に楽しく過ごしています。

最近までパートの方が1名手伝ってくれていましたが体を壊し今はいません。

1人1ヶ月17000円保育料を頂いていますが市からの補助金はなく先生たちの給料、家賃、お昼のおかず(ご飯と飲み物は持参)、おやつ、光熱費などでギリギリです。

先生たちの給料はやっと先月初めて支給したそうです。

代表の里見栄美さんは給料なしです。

今まで支援を頂いた件数は50件ぐらいですが大きい団体からはなく個人からがほとんどです。

このような現状ですが山形の建設会社からの支援で念願の園舎を建てていただくことになり、今の場所の近くの農地だった所を借りてそこに建てる事になりました。

子供たちがのびのびと過ごせる園舎が出来るのは子供たちも親御さんにとってもとても嬉しいことだと思います。しかし資金面での問題もたくさんあります。

まず、園舎を建てて頂いた場合その40%の贈与税がかかるということ。

備品や遊具など必要なものが出てくるということ。

園児の数も増やしたいので先生の数も増やしたいということ。

固定資産税等まだまだ進むにつれて必要な運営費が出てくることが考えられます。

亡くなった前身「南気仙沼幼児園」の理事長さんの意志を継ぎ姪で代表の里見栄美は支援金のお願いに奮闘しています。

4月からは日曜保育もやります。働く親御さんたちの力になり、1日も早く復興が進むことで子供たちの明るい未来に繋がればとの思いです。

何卒御支援宜しくお願い致します。 

できるだけ「おひさま」の力になりたいと思っている高橋玲子より

このような状況にある所は沢山あると思いますが、よろしければ一緒にサポーターになって頂けませんか?
今、ボランティアの方に「おひさま」のホームページを製作して頂いているそうです。
完成したら、ご案内させて頂きます。

2012年3月13日火曜日

旅立ちの季節が

3月は卒業や移動や定年や人生の節目を迎える季節
親しい友人と別れる寂しさと新たな生活への期待と不安。
そして寒い季節から日差しも少しずつ明るくなり、花々が春の訪れを知らせてくれる。
ちょっとウキウキ、ドキドキするそんな季節。

それが去年の3月11日のあの日から、悲しいこと、辛かったこと、大変だったことを思い起す季節になってしまいましたね。

正直、あまりに辛すぎて言葉にすることにも迷いがあります。

あの日、一関や仙台に住む家族のこと、友人のこと、沿岸に住む知人のこと
つながらない電話。テレビに映る見慣れた街の崩れていく様子。
何もかも不安だらけでした。

3日後にやっと通じた電話で弟があの日、石巻の海の前の病院に仕事で行ったまま行方不明
と分かった時の気持ち
翌日の夜に孤立したその場所に生存していることが確認できた時の気持ち
震災から5日後に瓦礫の中を仙台まで歩いて帰宅したと連絡があった時の気持ち

パニックになっていた私はメールをくれた友人に不安な自分をぶつけることしかできませんでしたが
、みんなが送ってくれるメールだけがあの時の私には心の支えでした。

助かったのが不思議なような場所から弟は助かったけれど、あの時の誰でもいいから助けてと思った自分が、大切な方を亡くされたご遺族のお気持ちと重なり、命ある限り忘れることが出来ないあの日に心が痛みます。

気仙沼の友人からメールをご紹介します。


  皆様いかがお過ごしでしょうか。

あの日から 一年たちました。今日は 津波が来た時間 私は海に行って 亡くなった多くの方々の追悼と 今 生かされている感謝の気持ちを込めて 祈らせていただきました。
岬の先の神社が そこだけまるで海がよけていったように 残されていました。
後は見渡す限り 元の姿が分からないほど 何も残されてはいませんでした。
神社に逃げた人は10人 フェンスなどにつかまりながら 助かったそうです。助かった人は流れていく 家々をみながら どんな思いだったのでしょう。そして 避難場所に逃げながらも 予想を大きく上回った津波に流されてしまった人々は 何を思って亡くなったのでしょう



 今 生き残った我々 生かされた私たちは 何をすべきなのでしょう。
 あの日の夜は 本当にたくさんの星がまたたいて きれいな星空でした。たくさんの命が天に上って 星になったのだと思ったら 涙が流れました。
 生きている限り 一年前のあの日のことを 決して忘れません  一年たった 今 改めて思います。

  昨日の土曜学校(10日)はクリスタルボール奏者の安達季久子さん  龍笛奏者の山下進さんをお迎えしての演奏会でした。
なぜ龍笛という名前がついているのか聞いたところ 2オクターブの音階の音がでるそうで 高低差のある音は天と地を昇り降りする龍に似ているからだそうです。クリスタルボールも天に近い音で 2つの楽器が響きあって なんともいえない 心地よさがありました。クリスタルボールの独奏では みんな横になって聞いたのですが いつのまにか ぐっすり 起きたときは 自分の家なのに ここがどこか わからないほど熟睡してました。
 お二人とも ここ気仙沼に鎮魂の願いを込めて来て下さり クリスタルボールと龍笛の音は きっと 広がっていって 海へと届いたと思います。本当にありがとうございました。
 (安達さんは ブログに気仙沼に来たことやがんばりっこのことものせてくれました。ぜひ ご覧ください。)
「ブログ 天界の響きクリスタルボール」http://blogs.yahoo.co.jp/kikokiko0311
 また 桜の花が咲く頃気仙沼に来てくれるそうです。桜を見ながら 野点をしましょう。
 さて これからのつなぎの学校の予定 がんばりっこ販売予定です。
 3月17日(土) 13時半~ 羊毛手仕事

 3月20日(火) 宮城県登米市のイベントで がんばりっこと ハガキ販売
 4月 22日(日)茅ヶ崎 春まつり 同じく販売予定 (かなりの大きなイベントらしく がんばりっこ三百個目標!製作頑張ろう!)
 
なにがあっても 生きて笑えることが大事! 生きていることを楽しみましょう 。 みんなで笑いあえる そんな 社会、 学校をつくりましょう!

気仙沼に住む中村さんは養護学級の教師をしています。ご自宅を心のケアのボランティアで訪れて下さる方々に提供して、同じ気仙沼に住む高橋さんと共に少しでも心の痛みが癒され、また活気ある気仙沼になって欲しいと頑張っています。

今年は寒さで桜が咲くのも遅くなりそうですが、例年ならゴールデンウィークの頃気仙沼も桜が咲きます。復興にがんばっている地を訪れて、そこに泊まり、その地で食事をしたり、買い物をしたり、そんな協力の仕方もあるのではないかなと思っています。

2012年3月8日木曜日

日本の行く先

寝つけない深夜にNHK「東北Z」という番組を見ました。アイソトープ研究所所長 東京大学教授の
児玉龍彦さんの対談番組でした。この方は以前国会で涙ながらに原発事故から子供たちを守らなければならないと訴え、話題になった方です。その時の映像をご覧になった方は多いのではないでしょうか。

その児玉氏によると、放射能の除染には住宅1軒に付約500万円かかるそうです。土の表面を取り除く除染作業は毎日のように報道されていますが、それだけではなく屋根をふき替える必要もあるそうなのです。高圧洗浄で洗っても放射能物質は土や植物に付着し解決策にはならないし、樋なども同様とか。しかし今の国の考えは1軒70万円の予算とか。
建物ばかりでなく、森林に付着した放射能物質を完全に除染しなければならないという大きな課題もあります。

これでは完全な除染にはならず、国は福島を見捨てようとしていると悲痛な表情で訴えていました。

風評被害・パニック、、、混乱が起きないように注意は必要であるけれど、どんなに今大変な状況になっているのか、国民は正しい情報を知る必要があるのではないでしょうか?

こういう番組がなぜゴールデンタイムに放送されないのか不思議に感じました。どんなに恐ろしい情報であっても国民は知っておかなけれならないのではないでしょうか?

狭い国土に世界第3位の原発保有国。近々大きな地震が起こると言われている今、人が住めなくなる場所は福島だけで終わらないかもしれない。

原発再稼働などを論じてる段階ではない、まずは早急に放射能物質がこれ以上拡散しないよう早急に徹底的に除染することが最重要なのだと訴えていました。

重い話で、だから私に何が出来るのかまだ何も思いつきませんが、いたずらに怖がるだけでなく、政治家が東京電力が本当に真摯にこの問題を正しく解決する方法と向き合っているのか
まずは私たちもしっかりその動向に関心をもっていくしかないのでしょうか?

皆さんはどう思いますか?

2012年3月5日月曜日

相棒募集中

女性だけの旅サークルに所属しています。メンバーの皆さんは仕事や介護をしながら活発に世界に飛び出しています。

女子は元気です。

サバイバルトライアミーゴというニックネームがついた女子数名の旅は特に凄いです。

彼女達は去年は秘境の地、エンジェルホールに行きました。川をロープに摑まりながら渡り
屋根だけで壁もない所にハンモックで寝て、水のシャワーを浴び、けもの道をひたすら歩き
聞いてるだけでギブアップです。

最近ボリビアのウユニ塩湖に行き、帰国したそうです。今回も荷物が届かなかったり、国境越えに4時間以上かかったり、またまたサバイバルな旅のようでした。
でもその景色を見ると行ってみたくなります。

 どこまでが湖でどこからが空なのか、、、
2月に写真のように水が鏡面のようになるそうです。10月ごろには水はなく塩で真っ白な地面になるとか。塩だけで作られたホテルもあります。

日本からラパスまでは直行便はなく、25~30時間かかり、さらにそこから、4輪駆動車で7時間以上
かかるそうです。彼女たちは4輪駆動車の屋根に乗ってウユニ湖に向かったそうです。

今はラパスからウユニまで飛行機があるようですが、高地なので、体力も必要

サバイバルは不得意な私。国内でも登山もしたことがなく、かなり無理な希望なのですが、こんな景色の中に身をゆだねたら、人生観変わりそうで憧れます。

興味のある方は下記サイトをご覧下さい。
http://www.surtrek.jp/bolivia/howtogettouyuni.html

行ってみようかと思われた方、来年の2月に行きませんか?

2012年3月4日日曜日

やっと更新しました

深夜まで格闘しプレビューでは更新になっているのになんどアップロードしても更新画面に
ならなくて。。。だったのですが、今日見たらちゃんと更新されていました。

なんだったのか原因不明ですが、お騒がせしてしまいごめんなさい。

HPの容量に制限があるので、今後も写真を増やすために「上絵付けについて」のページの写真を
小さく変更しました。見にくくなりましたがお許し下さいね。

フォトギャラリーのページに写真を追加しました。

今日は寒いですね。明日はレッスン日です。
部屋を片付けて明日の準備をします。

作品写真

更新しましたとお知らせしましたが、何故か更新不能です。
フォトギャラリーのページに写真を追加しようとしましたが、他の写真が大きい為に
追加が出来ないようです。
設定を変える必要がありそうなので、ブログでご紹介いたします。

 昨年東京ドームで開催された、テーブルウエア展に出展したティーセットです。

                       小さな花瓶です

                 ジュエリーデザイナー森暁雄さんの作品集からアレンジしました

2012年3月3日土曜日

HP更新しました

フォトギャラリーのページに作品と私のお気に入りの品の写真を追加しました。
今回は携帯電話で撮った写真があるので
ちょっと写りが悪くてごめんなさい。楽しんで頂けたら嬉しいです。

お花見

寒がりの私は桜が咲くと春が来た、万歳!!なので、桜が大好きです。

3年前から伊豆の河津桜を見たいと思っていましたが、1月2月がとても忙しく叶いませんでした。
河津桜とは避寒桜と大島桜を掛け合わせて出来た桜だそうです。
鮮やかなピンクの花びらがどんよりした空に春間近を伝えているようです。

今年は寒い冬が続き河津桜もなかなか咲かず、やっと見に行くことが出来ました。
例年ならもう散っている頃なのに今年はやっと咲き始めたばかり。
雨で生憎のお天気でしたが、人出も少なくのんびりとお花見が出来ました。



来週の10日ごろには満開になりそうとか。屋台も沢山あり伊豆の名産や吊り雛などの販売もしています。足湯や温泉もあります。東京からは日帰りで行けます。

2012年2月28日火曜日

本屋さん

最近は本屋さんが少なくなったとか。電子書籍なるものも登場しているし。
私も絵付けの資料が沢山になり、ありすぎてどんな資料があるかが判らなくなっています。
少し整理したいと思いますが、見るとどれも捨てられず。。。

時々お散歩を兼ねて近くの図書館に出かけます。最近はなるべく買わずに図書館を利用したいと
思っているのですが。

渋谷の東急デパート本店に書籍売り場が出来ました。図書館のように細かに分類されていて、見ているだけでも楽しいです。

今日テレビで代官山に「代官山蔦屋書店」という本屋が出来たとやっていました。2階は椅子も沢山あってゆっくりとそこで本も読めて、最大の特徴はさまざまなジャンルのプロフェッショナルな方がコンシェルジュとしていて、相談にのってくれるとか。

旅の申し込みカウンターもあり、本を調べてその場で行きたい所のプランが組めるそうで、これは面白そう。探検に行きましょう!

2012年2月27日月曜日

気仙沼 復興マルシェ

気仙沼で復興支援「つなぎの会」をしている中村さんから来たメールをご紹介します。
気仙沼にボランティアで来て下さる方と共に、心のケアや物資の協力をしています。
最近は「がんばりっこ」というお人形を作り資金集めのお役にたてばと頑張っています。

 皆様お元気ですか?今週もつなぎの学校はおやすみでしたが 皆様からいただいた物質と 埼玉の方が可愛く作って送ってくれた「がんばりっこ」を 先週お伝えした鹿折の仮設店舗「福幸マルシェ」の小野寺さんのお店と つなぎの会のスタッフでもある高橋さんの美容室「ウェル」さんのお店に置いてきました。


  「がんばりっこ」がお嫁にいったそうで 嬉しい限りです。


 「復幸マルシェ」のブログに「がんばりっこ」のことをのせてくれたそうです。よかったらぜひ 見てください。
http://www.shishiori-marche.jp/マルシェ日記-ブログ/
 

 それから茅ヶ崎では 気仙沼産「がんばりっこ」と茅ヶ崎のと合わせて 総勢1 17名の「がんばりっこ」で撮影会がありました。カメラマンの方に撮っていただいて 絵はがきのようになるそうです。すごーく嬉しいです



 以前宣伝させていただいた震災の手記の本「31人の声」が釜山の大学で講義に使われることになったそうです。びっくり!嬉しいです。



 つなぎの学校の銀行口座も出来ました!(つなぎ土曜学校は長いのでつなぎの学校に変えました。実際のところ土曜以外もやっているので) 毎月 食費を削って寄付いただいている方もいて 本当に有難いです。「がんばりっこ」の売り上げも口座に送ってもらったりできるようになりましたご活用ください。
 

  今後のお知らせです。

3月3日(土) 午後 手仕事


3月11日(日)13時半~

 龍笛とクリスタルボールのコラボ

~天と地を繋ぐ魂の響き 龍笛&クリスタルボウル~

2年前より主に地元各地でコラボレーションで活動

昨年は京都・大阪で演奏会を行う


龍笛 山下進 東松島在住 

雅楽で使われる横笛の楽器病院や老人施設で訪問演奏、結婚式・お祭りなどの演奏活動等、昨年6月8日にはKスタで試合前に「君が代」を演奏!



クリスタルボウル 安達季久子 仙台在住

水晶でできたボウル型のヒーリングの楽器

毎月仙台市天文台プラネタリウムで演奏

普段は自宅でサウンドヒーリング等を行っています!



龍笛の凛とした音色で浄化し、

やわらかなクリスタルボウルの波動と共鳴することで

深い癒しがもたらされます。

心にも体にも心地よい響きをお楽しみくださいませ!

 みんなでねっころがりながら 音色で癒されましょう


  では まだまだインフルエンザも流行しています。皆様も気をつけてくださいね


0からの再スタートだった方々が、お店を立ち上げる処まで至りました。皆さんの頑張りに拍手です!

お知らせ

前にも書きましたが、友人が3月11日に新宿でチャリティーイベントを行います。

http://kunpu.exblog.jp/

お近くにお出かけの方は覘いて下さいね

上海の旅

父と上海に行きました。父は在宅酸素という24時間酸素を利用していました。国内旅行は事前に手続きをすると、旅先に酸素ボンベと酸素の機械を届けてもらえます。なので、道中の酸素ボンベだけ持てば旅も出来ました。

飛行機も当時は(ニューヨークでテロが起きる前でした)国内の航空会社をはじめ、ヨーロッパ・アメリカの航空会社は酸素を利用したままの搭乗が出来ました。

父の負担を軽くするために仙台から上海に行くことにしましたので、中国の航空会社を利用しました。

当時友人が上海に駐在していて、上海での酸素のことやいざという時に駆け込む病院の事など調べて下さいました。
日頃利用している酸素会社にも中国での酸素事情など調べてもらい、在宅酸素の会の方にもお話を伺いました。結果、中国ではまだ自宅で酸素が使えるようなシステムは無いようでした。

そんな訳で滞在期間中に必要な酸素ボンベを全部持参することにしました。車いすも用意し、20キロの酸素と身の回り品を持ってと大変な荷物になりました。

航空会社とはなんども搭乗に必要な書類のやり取りをし、いよいよ出発です。
沢山の荷物に車いすの父、車を運転し仙台空港に行きました。搭乗券をもらい荷物を預け、さあ搭乗という時に、航空会社の担当者が「感染性の病気ではない」という証明書が必要だと言い出しました。チケットを買うまでしつこいくらい何度も必要書類について問い合わせをして、要求される書類を提出していたのにです。

その日は日曜日、父の主治医は盛岡の先生。どうやって連絡とるのよです。頭が真っ白になりました。相手は書類がなければ乗れないの一点張り。仕方なく病院に電話をし、先生に連絡をとって頂きました。幸いなことに先生が口頭で証明して下さり翌日に書類をFAXで送るということで、やっと搭乗することが出来ました。
帰りに又同じことが起こっては大変なので、そのことを伝えて機上。

上海では手配したガイドや友人が出迎えてくれてほっとしました。上海は高層ビルが多く大都会です。その頃はまだ、低層階の古い街並みも少し残っていました。
上海に住む友人のおかげで上海博物館・豫園・お買いものと毎日が楽しく快適でした。父も酸素に車いすと中国ではない姿で行きかう人に珍しそうに見られましたが、とても元気。

足をのばし杭州にも行きました。34度いう暑さで遊覧船に乗ってもぐったりです。楼外婁で好物の豚の角煮を食べました。とろけるように柔らかく美味しかったです。

湖は中国でも有名な景色のいい所ということでしたが、十和田湖など日本の美しい湖を知っている私達には水も汚くて感激はありませんでした。
杭州に2泊する予定でしたがあまりの暑さで1泊で上海に戻りました。

足揉みマッサージを受けたり、JAZZのライブを聞いたり
1週間というゆったりとしたスケジュールで上海を満喫し帰国の日を迎えました。

上海空港で搭乗券を受け取り、荷物を預けお世話になったガイドや友人と別れ、出国手続きをした後に、また、飛行機に乗せることが出来ないと言われました。
今度は酸素が危険物だというのです。行きには乗れたのにと訴えても駄目の一点張り。訳の判らないやり取りをしている間にいつの間にか10人ぐらいの人に囲まれ個室に連れていかれました。
酸素はもう最後の1本だけ。これがなくなったらどうしていいか、、、
無事に帰国するしかないのです。かなりのやりとりの後、今使っている酸素を抜けば乗せると。
仕方なく抜くことに同意しました。彼らには酸素を抜くとはどういうことかもよく判っていない模様。

人が行き来している広い場所で抜けと言う。ボンベを開放にするとものすごい勢いで酸素が出て
それに驚いて止めろと騒ぎ、搭乗時に酸素を預ければ乗せると言い出しました。
どうでも良いから乗るしか道はありません。ちょっと偉そうな係官が父の車いすを押しゲートに向かいます。若い係官がずっとその係官に文句?を言いながらついてきます。

なんとか搭乗しボンベを預けました。それを確認し彼らは降りていきます。どうやらこのやりとりのせいで出発出来ないでいたようです。すぐに出発し安定飛行に移った時、機内にいた日本人医師が来てくれて無理しない方がいいですよと言って下さいました。
父も皆さんにご迷惑をかけた申し訳なさもあり、大丈夫ですと酸素無で頑張りました。

あまりに大変な搭乗だったので、飛行時間もあっという間に感じました。

私の旅の中でも一番大変な旅でした。







2012年2月24日金曜日

追伸

今日はアドレスからのリンクがうまくいっているようです。

レストラン アイのホームページ
http://www.restaurant-i.jp/
のfacebookに師匠酒井シェフとのコラボ、2月18日に掲載されていました。ご興味のある方はご覧下さい。今回はご紹介するのが遅れてしまい、24日で松嶋さんのお料理企画は終わってしまいました。

原宿には珍しい緑の多い落ち着いた雰囲気のレストランです。

松嶋啓介さん

皆さんはこの方ご存じでしょうか?
ニースでフランス料理のお店を持つシェフです。詳しくは彼のホームページをご覧下さいね。
http://www.keisukematsushimajapanice.com/concept/profile.html

昨年友人の誘いで彼のお料理を食べました。その日も朝ニースから着いたばかりということでした。
年に数回日本にも帰国し腕を振るわれています。
なんの知識もなく頂きましたが、今まで体験したことがないオリジナリティーあふれる、驚きの料理で何を頂いても美味しかったです。

先日彼の師匠とのコラボ料理会が、原宿の彼のお店「レストラン アイ」でありました。
1週間前に急に決まったということで、メール配信での告知。迷わず参加表明致しました。

2度頂いて思ったことは驚きのmenuがあるということです。今回はメインをお魚だけにしましたが、
前菜のフォアグラとトリフのコロッケ仕立てがどうやったらこういう料理になるのかしら?と思う
不思議料理でした。

彼のコース組は、最初に飲み物に合わせたおつまみ
次にコースにはない1品、それから前菜2品、そしてメイン料理、デザートそして最後に軽いおつまみ
と内容もぎっしりです。オリーブオイルとバジル入りパンがまたとっても美味しくて、つい食べ過ぎてしまうのでメインに入る前に結構満足状態になってしまいます。
コストパフォーマンスもばっちり大満足出来ます。

彼のことを教えてくれた友人には感謝です!

彼はまだ若く人柄も素敵です。好青年だということも彼のファンになった理由の一つです。
いつもお料理の後には各テーブルを周り挨拶をなさいます。

去年は8月に東日本大震災の被災地に花火をあげる「頑張ろう NIPPON」のメンバーとして
張り切っていました。今年もあげるよと先日もおっしゃっていました。
気仙沼でも花火が打ち上げられました。見に行きたかったのですが、混乱を招くということで現地の
方優先でしたので諦めました。後にテレビで見ましたが開催まで大変だったようですが追悼の思いを込めた感動的な花火大会になったようで、彼らの思いが現地の方の思いと一緒になれて良かったな~と思いました。

レストラン アイのホームページに彼のお料理を食べる機会も掲載されますので、興味のある方は
ぜひ一度トライしてみて下さいね。

他のサイトへアドレスからリンク出来なくてごめんなさい。まだまだ勉強不足です。松嶋さんのサイト、松嶋啓介で検索すると表示されます。

2012年2月23日木曜日

手作りウィーク

原宿のラフォーレの中に貴和第二製作所というアクセサリーのパーツ屋さんが2軒あります。
ピアスのパーツを買って作りました。と言ってもただピアスにチャームを通しただけですが。

先日買った布でランチョンマットを作りました。

ミシンが壊れて使えないと思い込んでいたのですが、どうやら糸のかけ方を間違えていたみたい。
最近こういう失敗が多いです。

ローマンシェードというカーテン作りに挑戦しました。

前のが色あせてしまって、よく見ると自分でも作れそうだったので、前のを分解しながらパーツを再利用して作ってみました。
縫うよりほどく方が大変でしたが何とか出来上がりました。

今週は毎日こんな事をしていたのでくたびれました。

大震災に思うこと

2月22日、ニュージーランドの地震から1年が過ぎました。

あの日ニュースを見た時には遠い所の出来事でしたが、その後身近な方のご親戚がその地震でお亡くなりになったと伺い、ご遺族のお気持ちをおもうと、あのニュースを見るのもつらく感じました。

まさかその後に日本でも恐ろしいことが起こるとは思ってもいませんでしたが。。。

私の実家は岩手県の一関という所にあります。宮城県境に位置した内陸部ですが、東は宮城県気仙沼市、岩手県陸前高田市と隣接しています。

沿岸部に親戚、友人、仕事関係等‥関わりのある方が多く居住しています。津波の被害があまりにもひどかったので、内陸部の被害はほとんど報道されませんでしたが、一関は4年前にも大きな地震があり、やっと道などが改修されたばかりの出来事でした。

私もなんどか震度5は体験していました。用心深い私は3・11以前から、ベットの脇にヘルメットと運動靴を置き、ラジオ付懐中電灯も用意していました。浴室には水用のポリタンク、家具には突っ張り棒、割れて困る食器には「ひっつき虫」という粘着剤を貼り、滑り止めのラバーマットを引いています。飛んで困る家電にも粘着剤で固定しています。

実家も同じような対策をしてあったので、細かいものは被害が少なかったのですが、大きなテレビは
飛び、男性5人で動かしてもびくともしない食器棚が10cm移動しました。
梁・柱がずれ、土壁が落ちて靴を履かないと家の中が歩けない状態でした。

修理するのに半年ほどかかりました。昨年夏に実家で過ごした時、地鳴りがしてから地震が来るので
怖かったです。その後に海外に出かけましたが、揺れてるはずがない所でもしばらくの間揺れてる感じが残ったほどでした。

地震の恐怖感は今の方が強くなったように思います。

震災関連の映像も見るのがつらいです。

震災後気仙沼に何度か行きました。気仙沼で自宅が津波から免れた友人2名が被災した方の支援をしています。
私と一関の友人2名とで、応援部隊を結成しました。

以前所属していた協会の方や、同級生、友人、そのまた関係グループなど、沢山の方の協力で
衣類をはじめ、台所用品、食器、断熱材等‥お送り出来ました。

まだまだ復興には程遠い状態のようですが、それでも知恵を出し合い地元の方々は頑張っています。

3月11日にはほかの友人が新宿の小田急のコンコースで支援のためのチャリティ会を行います。

気仙沼の「おひさま」という保育園は震災で園長さんがお亡くなりになり、園も流され、今、仮の場所で保育士さんが何とか再建にむけて頑張っています。コンクリートの床で底冷えがしていましたが、
皆さんのご協力で敷物や断熱材を送って頂き、冬の灯油代も寄付して頂きました。

山形の建設業の方が無償で園を建てて下さるというお話もあるようですが、その為に贈与税が40%かかるということで、こちらへの義媛金を募集しています。

気仙沼は漁業の街ですが、関連会社があった所が津波に合い、加工工場などの建造物がすっかりなくなってしまいました。仕事がなく、家族総出でわずかな仕事でもしなくてはならないのです。今は狭い仮設住宅で子供を保育園に預けなければ、仕事も出来ないので、保育園は大事な役割を担っています。

今日も友人から電話があり、日用消耗品の支援をして頂けると。。
困った時はお互い様、
一人一人は小さな力ですが、合わせれば強い力になります。

明日は我が身
これからもお手伝いしていけたらと思います。
協力して頂ける方いつでも大歓迎です。ご一報頂けたら嬉しいです。

2012年2月20日月曜日

一般公開講座

お誘いがあって「これからの医療の話をしよう 手遅れになってしまう前に」
という講演を聞いてきました。

埼玉県済生会栗橋病院院長補佐 NPO法人医療制度研究会副理事長の 
本田 宏先生のお話です。先生は外科医をなさりながら、全国このテーマで
講演をなさっているそうです。

簡単にお話しすると、日本の医療費は先進諸外国に比べるとはるかに安く
、医療従事者も医師、看護婦をはじめ常に不足した中で、彼らの重労働で
なりたっている非常に危惧する状況であるというお話でした。

興味を持たれた方はhppt://www.iryoseido.com/をご覧下さい。twitterでも
twitter:honda_hiroshiで発信していらっしゃるそうです。

お話は沢山のジョークを交え(先生、ジョーク多すぎです!笑)で本当に外科医?ですか
というくらいお話上手でした。おかげで重いテーマを楽しく伺うことが出来ました。

私自身入院・手術の経験があり、国立病院・大学病院・民間の病院・クリニックと
色々な医療機関にお世話になってきました。

一昨年父が入院した時にとても不安を感じる体験をしました。
父は肺気腫という持病がありました。痩せて体力が落ちてある日突然意識を失い
入院しました。人口呼吸器をつけ数日後の意識が戻りました。
暫くして幸いに人工呼吸器も外せるようになりましたが、医師の説明では専門医の元で
呼吸管理をしなければ生活は無理とのことでした。
1か月ぐらいすると転院の話が出ました。
東京では沢山の病院がありなんとかなるかと思いましたが、現実はそんなに甘いものではありませんでした。
入院していた病院でも探してくださいましたし、私も知人の医師やネットなどで八方探しました。
いくつかの病院があがりましたが、いざ詳しい話になると受け入れてもらえません。
その理由が父が意識がはっきりしていることだったのです。手がかかるからです。

高齢で治る見込みがない患者を受け入れてもらえる病院がこの東京でさえ非常に少ないのです。
そして、それは看護師や医師不足のせいなのでした。

日本は長寿の国です。これは誰でもが医療を受けられるお蔭だと思います。でも、そうやって生き延びてきた果てがこういう現実なのです。
お年寄りがぽっくり寺にお参りに行くのはこういう現状に出会いたく無いため?
悲しいけれど、現実です。

確かに治る見込みのある病気の方が沢山空きベットを待っている中でベットを占領しているのは
申し訳ないかもしれませんが、家族としては複雑な想いの日々を過ごすことになりました。

年末にとても退院出来るとは思えない状態で退院することになりました。案の定、翌日には呼吸が苦しくなり救急車で再び病院に戻りました。ところが、呼吸器の医師は救急外来にはいるが、病棟には正月明けまでいなかったのです。入院しても苦しい呼吸は改善されることもなく、何故退院されたのか知りました。

初めて日本の医療の怖い部分を体験しました。

のちに介護をなさった方々から、3か月で転院の体験談を沢山伺い、このことはほんの一握りの話ではないことを実感しました。

医療現場で働いている方が一番感じていらっしゃるのでしょうが、日々の忙しさで声をあげて訴える暇さえないのでしょう。過労で職場を去る人も多いそうです。これでは悪循環です。

年金問題も少子化で支えるのが大変と言われていますが、健康を守るのも当たり前に思ってきたことが、当たり前でなくなる日が来るのかもしれません。

2012年2月18日土曜日

あなたはネットをどう使っていますか?

今、カップ&ソーサー6客製作中です。セット物を描くのは久しぶり。カップとソーサーは二つで1アイテムなので、描くのも大変です。収納場所もいっぱいなので、最近はセット物も2組とか少ない組み合わせが多くなっています。

来月のお稽古までには仕上がりそうです。

先日友人と最近見ているテレビドラマ「最後のから二番目の恋」の話をした処、そのドラマで小泉今日子が着ている服が人気で売れているとか。ネットで「きょんきょん」と検索すると出てくるとのこと。

早速検索してみました。びっくり!!!登場人物が着た服やアクセサリーなどなどびっしり出てきます。
こういうことにもネットって使われるのねと驚きでした。

平日にデパートに行くとがらがらで大丈夫かしらと思ってしまいますが、今はネットで買い物を済ます人も多いのでしょうね。店員さんから雑誌を見て来店せずに注文するお客さんも多いと聞いたことがあります。

私も出かける時は、NAVITIMEでどの交通機関を利用するとか、到着時間を調べたり、食事をする場所を調べたり、家電を購入する時に価格や評判を調べたり、体調が悪い時は病名を検索したり、行く病院を探したり、と居ながらにしてなんでも調べられるネットを沢山利用しています。

昨年は換気扇や空調機のお掃除をネット見積もり5社に依頼して、最安値の所に受注しました。
ネットは情報量がありすぎなので、何を選ぶかは多いに迷うところです。

衣類はサイズや質感が判らないので冒険が出来ませんが、ネットスーパーは便利です。
今月は体調を崩し食品を買いにも行けなかったのですが、ネットで注文して届けてもらいました。

地方の新聞も見ることが出来るますし、美術館やデパートの催しもチェック
仕事に必要な材料も調べることが出来ます。

先日、ユーチューブで絵付けのデモンストーレーションを見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=FeJXehWjn5k

興味のある方はご覧下さいね。

ネット社会は何処まで広がるのでしょうか?

2012年2月16日木曜日

MANASのバーゲン

今日も雪が舞い寒かったですね。頭の中が凍りそうでした。
HPを開設したお知らせをしたら、沢山の方から激励や感想を頂きました。ありがとうございます。とても嬉しかったです。いろんな情報を発信しながら、皆さんに楽しんで頂けたら、嬉しいです。

私が大好きなファブリックの会社MANASのバーゲンに行ってきました。この会社は中目黒の駅の近くにショールームがあり、通常はここで布を選びそのサンプル端布をもらい、取扱店のデパートなどで
注文しないと購入出来ないのですが、

東京ドームで開催されるテーブルウエア展の時、出店していて端布を手ごろな価格で購入出来ます。
リピーターが多いようで早くに行かないといい布はなくなってしまいます。

そして、テーブルウエア展が終わるとバーゲンがあります。

会場は渋谷区代官山にある代官山ヒルサイドテラス アネックスA棟の2階、3階です。今回は今日から18日まで。明日は10時から18時まで。明後日は10時から17時まで。誰でも入れます。

布地の他にスリッパや壁紙、ポーチなどの小物もあります。
いつもはクッションカバーや1000円の端切れなどを買いますが、今日は居間のカーテンがくすんできたので、カーテンをオーダーするため、頑張って開店を目指して行ってみました。

会場は早くから凄い人。所狭しと布のロールが立てかけてあります。重いロールを動かしながら
布選び。狭い会場なので人にはぶつかるし大変です。やっと布地が決まり発注に。普段は1m1万以上もする布がm1000円~3000円と嬉しい価格になるので、カーテンオーダーの方も多く、
注文するにも30分待ち。待ったかいあり、安くカーテンオーダー出来ました。(にっこり)

3階には端切れの山。みんなお店でもやるのと思うほど布を抱えています。2時間ほど頑張って
端切れも2点購入。
あ~疲れた。。。

外に出ると空気がひんやり。雪が舞っていました。代官山に行くと必ず覘く「OUTLET代官山」という
雑貨屋さんに行きました。ここは家庭用品から文具、スニーカーまでいろんなgoodsが低価格で購入出来ます。恵比寿西1-34-17 ザハウスビル1階

今日はかわいい歯ブラシが100円から200円だったので購入

恵比寿までお散歩を兼ねて歩くことに。途中でガレット屋さん発見。「DELICAFE GAZEBO」
ランチにガレットセットを食べてきました。

信号待ちでブルブル身体が震えている人がいたほど、今日は寒かったです。帰宅したら頭が痛くなり、お昼寝しちゃいました。

2012年2月15日水曜日

カーネーション

NHKの連続ドラマ「カーネーション」にはまっています。

ファッションデザイナーコシノ三姉妹のお母さんを中心に家族を描いたドラマです。

私の母は戦後、仙台で洋裁学校に通っていたようです。ようですというのは、母からこのことを聞いたことがなかったのです。
家にはドラマに出てくるような古いミシンがありましたが、母がミシン掛けしている姿は記憶にありません。母は68歳で亡くなったので、もうその話が出来ないのですが、母が亡くなった後に、洋裁学校に通っていた時のノートを見つけました。

とても几帳面に製図や製作方法が書かれてありました。母は昭和4年生まれ。戦争中は女学生で
軍事訓練などをやらされて、勉強はあまりすることが出来なかったと聞いていました。
そのノートを見た時戦争が終わり好きなことが出来るようになり、きっと嬉しくて一生懸命学んだのだろうと、筆跡からも感じました。

かすかな記憶や写真から母の姿を思い出すと、いつもお洒落な服を着ていました。父が写真を撮るのが好きだったので、母をモデルにした写真が残っています。
絲子さんが言っているDiorスタイルのワンピースとか着ていました。ドラマを見てそういうことなのねと、謎解きのようです。

先週何度も出てきたサンローランのいわゆるサックドレス
懐かし~!
小学校の修学旅行用に母が洋裁店に連れて行ってくれて、薄紫色のサックドレスを作ってもらってくれました。すごく気に入って着るのが待ち遠しかったのを今でもはっきり覚えています。
修学旅行は仙台・塩釜・松島に行く予定でした。

ところが出発の直前にチリ地震津波がおこり、松島・塩釜が被災して仙台だけの旅行になりました。

その洋裁ノートを見ると、ブラジャーの製図も書いてあります。戦後まだ物がなくて下着も手作りだったのでしょうか?この時代のことをいつかどなたかにお聞きしてみたいと思います。
ドラマの最後に当時の写真が登場しますが、我が家の写真と重なって興味深いです。

これからどんな展開になるのか、毎日楽しみです。

2012年2月14日火曜日

どんより曇り空

今日も寒いですね。春が待ち遠しいです。


喉が痛くてちょっと風邪気味。今朝もテレビでやっていましたが、明治乳業のR-1というヨーグルト、九州のある地区で学校給食や高齢の方が飲み始めてから、インフルエンザが流行する時期も、この地区は劇的に感染者が少なくなったとか、テレビでこの情報を得て一昨年から飲み始めました。

いつもは1週間に1回まとめ買いをしていたのですが、今年は1月の末頃からいつも行くスーパーでは
品切れで買えなくなってしまいました。明治乳業さん頑張って作って下さい!私にもR-1を。。。。

仕方がないので、ミカンを食べています。少しは風邪予防になるかしら?

今朝のめざましテレビで、岩手県和賀郡の珍しいおやつを紹介していました。

小麦粉・もち粉・塩・砂糖をてんぷらの衣のように水で溶き。ビスケットにつけて油であげるビスケットの天ぷらです。
ビスケットは「かーさんケット」という銘柄の物を使うそうですが、モチモチして美味しいとか

親戚が和賀に住んでいるのですが、知らなかったです。
和賀という所は奥羽山脈の真ん中、秋田と岩手の県境近くに位置していて、冬は豪雪で吹雪もすごくて、昔は冬になると交通網が遮断してしまうような所でした。「かまくら」で有名な秋田の横手の近くです。今は高速道路が出来て除雪されるので生活も変わったようですが、そんな所だったので独特の保存食があるようです。
この地は山菜の宝庫で、ここで採れる蕨は絶品です。冬に沢山の雪に覆われるからではないかと言われていますが、とても柔らかくて美味しいのです。

温泉もあり、親戚の病院では入院患者さんも温泉に入れます。自宅は前が牧場・隣が町の温泉浴場・360度美しい山が見えて、心癒されます。
春5月頃には山菜が採れて、川ではイワナや鮎がつかみ取り出来ます。秋には紅葉が綺麗で、錦秋湖という絶景ポイントがあります。きのこが採れます。高速道路のサービスエリアにも温泉があります。父が大好きな所だったので、父とドライブがてら何度か行きました。

8月の末には近くの大曲という所で、花火師の大会でもある花火大会があります。人口7万位のこの町にこの日は70万の見物客が集まります。昼花火から始まり、桟敷席で夕食のお弁当を食べて、夜の部が始まります。土手には難民キャンプのように沢山の人がテントを張って花火見物をしています。ここの花火は音楽に合わせて打ち上げられます。毎年BSでも放映されていますが素晴らしいです。ただ、小さな町なので宿泊する所も少なく、また交通規制もあるので行くのが大変です。私の実家の一関からは日帰りで行けますがそれでも朝早くに出発しないと渋滞に遭遇してしまい、帰りも0時近くまで車が交通規制で動かせなくなるので、どう行くかが問題です。
ツアーもいろいろ出ています。

でもでも一見の価値ありです。

岩手にはまだまだ沢山素敵な所があります。岩手の人は宣伝が下手なのか有名ではないですが、
これから機会をみてご紹介していきたいと思います。

2012年2月13日月曜日

フィギアースケート

四大陸選手権が行われましたね。フィギアースケートは大好きで録画を忘れないようにしていたのですが、今回はHPの立ち上げに夢中になっていて、忘れてしまいました。

大好きな大ちゃんの演技を見落として残念!

真央ちゃんの薄紫色の衣装、素敵でしたね。今シーズンは期待出来そう、楽しみです

以前はペアやアイスダンスが好きでしたが、最近は日本勢が強いということもあり、シングルに目が離せません。技術もさることながら精神力がすごいな~といつも思います。どんなに練習で出来ていても試合で失敗したら評価されない厳しい世界。競うとか争うことが苦手でプレッシャーに弱い私には自分との闘いの日々を考えただけで、「あなたは偉い」って思ってしまいます。

高校生の時、最初に入ったクラブがスケートでした。北国で育った私なのに、その頃はスキーもスケートも全くやったことがなく、チャレンジしたのですが
早起きが苦手な私が、早朝後楽園のスケートリンクに通い、立つのもやっとでへっぴり腰
翌日には体中が痛くて、一回で辞めてしまいました。
あの時もう少し頑張っていたらと、今でも後悔しています。今からではもう骨折しそうで再チャレンジは難しいジャンルですから。。。

2012年2月12日日曜日

旅スタイル

旅のページに行った所を羅列したので、すごく行っているように見えますが、実は回数はそんなに多くはありません。ヨーロッパは勉強を兼ねてなるべく長くしっかり見て来たいので、月単位で訪れることが多く移動も楽なので、一気に訪問地が増えていきます。

最初の海外旅行がヨーロッパに2か月でした。ツアーでギリシャ、イタリアに行き、パリでツアーから離れて滞在するという、その時は初めてで人頼みだったので、いまだにどうしてそのような設定が出来たのか、判らないのですが

ただ、この最初の旅からアクシデントの連続でした。イタリアのホテルでこの計画を手伝ってくれた旅行社の方と偶然出会い、パリでお部屋を貸してくれる方がまだ準備が出来ていなくて、「もう来ちゃったの」って言われたのです。

パリに入る前にお部屋の方に連絡をとって、迎えに来てもらいなさいと言われたのですが、パリに着いたらホテルに迎えに来てもらえると思っていた私は初海外旅行で、もうパニック!!

もう旅行どころではなくパリに着くまで毎日電話をしたのに、連絡がつかずのままパリに到着。ツアーと別れたらどうしていいか、もう泣きたい気分でした。
部屋を貸してくれる方がパリでガイドをしている方ということと、名前と電話番号だけという情報量で
、浮かんだ手段はツアーについた現地ガイドさんに聞いてみようだったのです。

幸いなことにツアーの方がパリを離れる前日に現地ガイドさんが連絡をしてくれて、無事に迎えに来てもらえたのです。
今でもあの時のことを考えるとぞっとします。

お部屋を貸してくれたNさんはとても良い方で、その後も語学学校の手続きや、フラワーアレンジメントの教室探しなどお世話になりました。

その時は午前中語学学校に行き、午後はお花のレッスンを受け、週末は列車で南仏やオランダ、スイス等など、ユーレイルパスを使って旅に出かけました。

パリに滞在しながらだったので、旅に出るのも現地に着いて宿を探し、行先もその日次第というものでした。
マルセイユ→ニース→モナコに行った時も、マルセイユでは宿探しをしていて飾り窓エリアに知らずに入ってしまい、昼間だったので怖くはなかったですが、なんだか立っている人が雰囲気違うな~って思ったら。。。港町のマルセイユは観光客が泊まるホテルは海のそばにあったのです。列車で入ったので駅前の宿を探していました。
モナコはモナコグランプリの直前。そんなことも知らずに行きホテルはどこも満杯。駅の近くのトイレもシャワーも共同という宿をやっと見つけ泊まったのですが、見かけはシーツも綺麗で良かったのですが、蚤にやられたのか足の裏を刺されてしばらくの間苦しいくらい痒いおもいをしました。

パリからアムステルダムに夜行列車で向かった時
朝起きて車掌さんが検閲に来た時に、どこに行くか聞かれてアムステルダムと答えると、この列車は行かないと。。。なんとドイツにいたのです!
慌てて乗り換えの方法を教えてもらい、なんとか無事に辿り着きましたが。凄い遠回りになりました。
ヨーロッパの国際列車は同じ列車でも、途中で切り離して色々な方向に分かれるので
乗る時に、ホームの番号だけでなく、車両の行先も確認しなければいけません。それにストも多いので、ホームが代っていることも多く、しつこい程の確認が必要です。
なにしろ間違えると国が違ってしまうので

失敗の連続で軌道修正技を身に着けました。
ヨーロッパは国際線の駅の周辺は治安の悪い所が多く、麻薬常習者に遭遇することもしばしば。
荷物を沢山持ってこのような駅を利用する時は、かなり緊張します。
でも、いろんな国の旅行者とも出会う場所でもあり、私も列車情報を教えてもらったり、助けてもらったりといい出会いも体験しました。

宿も深夜に宿が決まらずスーツケースを持ってホテル探しをするという体験をしてからは、1泊目は
日本で予約しておくことにしました。もっともこれは昔の話で今はインターネットで格安のホテルを地図を見ながら探せる時代になりましたから、じっくり探して予約出来るようになり、旅のストレスも減りました。混む時期にはホテルが決まるのに半日かかったこともあり、今は列車の予約もネットで出来るし、飛行機もアーリーチェックインまでネットで出来るし、リコンファームもしなくていいことが多くなりましたので、本当に楽になりました。
何より携帯電話で電話もどこでも出来るし、現地で今日の情報がネットで得られるので助かります。
香港でも年末のカウントダウンの為の交通規制や花火がどこで見られるかなどipadで調べることが出来るので沢山の資料を持たずにすむし、観光案内に聞きに行かずにすむようになりましたので、効率良く旅が出来るようになりました。

基本は個人旅行なので、大変なことも多いですが、苦労した旅ほど思い出に残ります。
短期に効率よく周るにはツアーがいいですが、駆け足で周るコース内容を見る度に、やはり個人で行こうかなと思ってしまいます。
ツアーは荷物を運んでくれるので、これは楽ですね。スイスではチッキ(日本でも昔はこのシステムありましたが)、切符を持っていると荷物だけ目的地に届けてもらえるシステムがありました。今もやっているか判りませんが、重い荷物を持たずに観光出来るので、旅人には助かります。

こんな訳で旅エピソードは沢山あります。これから少しずつ書き連ねていきますね。